2019年8月29日 更新

八甲田山遭難事故とは?遭難事故の全貌と八甲田山での心霊現象の話も

八甲田山と聞けば、昭和生まれの人達は映画「八甲田山」を思い出す人が多いでしょう。登山史上最悪の死傷者を出した八甲田山遭難事故を元にしたこの映画は、世間に冬山の恐ろしさを知らしめました。今回は、そんな八甲田山遭難事故と八甲田山での心霊現象を紹介します。

目次

八甲田山とは

Peak Summit Top - Free photo on Pixabay (576977)

山や海、川などの自然は、人に恵みを与えてくれますが、時に人を拒むかのように突如牙を剝くこともあります。かつて日本での山というものは神域であり、遊びで登山をしようとする者はありませんでした。山は生きる為の最低限の糧を得る為に、命懸けで動物と対峙する猟や狩り場であり、成人の儀式や僧侶、修験道の場所でもあったのです。当然、女人禁制で、猟師やきこり以外気楽に近づくような場所ではありませんでした。

その神域を我が物顔で荒し、征服だ踏破だとレジャーの概念を山に持ち込んだのは、明治維新後開国と共に入り込んできた、キリスト教文化の西洋人達なのです。それ以降、現代に至るまで今や山も観光スポットや、レジャーの場所となっていまいましたが、ルールを守らない者や山を甘く見ている者には、やはり今も容赦なく牙を剝く存在と言えます。

今回紹介する八甲田山も、時に人を死に至ら締めることもありますが、普段は観光やレジャーで多くの人達が集う場所となりました。ここでは、色んな意味で人を惹きつける、八甲田山について紹介していきます。

青森県青森市に存在する複数の山脈地帯

Mountain Peak Summit - Free photo on Pixabay (577056)

八甲田山は、富士山のような単体の山を指すものではありません。青森県の中央にそびえる複数の火山の総称を八甲田山と呼び、18の成層火山や溶岩円頂丘が連なっていて、それぞれに前獄(まえだけ)や、田茂萢岳(たもやつだけ)などの名前が付けられています。

八甲田山を挟んで左側に弘前、右側に十和田市、南には十和田湖があり、山の高さは1584mとさほど高い山ではありませんが、日本海側と太平洋側の風がぶつかる場所の為、天候の変化が激しい場所でもあるのです。

ロープウェイが設置されており、登山やハイキングが楽しめる

Ropeway Cableway Mountain - Free photo on Pixabay (577095)

八甲田山は、今や青森を代表する観光スポットの1つとなっていますが、春夏秋冬様々な楽しみ方が出来る場所でもあります。ロープウェイは、約10分程で田茂萢岳の山頂公園駅に着くことが出来る為、登山やスキー、ハイキングなどに利用することも出来ます。

特に人気なのは、秋の紅葉シーズンで、頂上からは八甲田山の山並みや、下北半島なども眺めることが出来ますし、現在は秋までの間、星空・夜景ロープウェイと称して、夜19時の延長運行を行っており、青森市内の夜景などを楽しむことが出来ます。

その他にも八甲田山周辺では、湿原や沼、十和田湖、そして温泉なども楽しむことが出来る為、季節を問わずに大自然を満喫することが出来るでしょう。

秋口から冬場にかけて激しい気候となる

Frost Winter Snow - Free photo on Pixabay (577153)

毎年冬になると積雪ランキングで上位をキープする、青森県酸ヶ湯(すかゆ)という名前を聞いたことがある人も多いでしょう。キャンプ場や温泉のある酸ヶ湯ですが、実は八甲田山ロープウェイの付近にある場所なのです。

温泉客が埋もれた車を掘り起こす映像が冬になると流れるように、酸ヶ湯はとてつもない豪雪地帯で、2013年(平成25年)2月26日(火)には、積雪566cmを記録していますが、毎年4mは確実に積もるような所です。八甲田山も当然、豪雪地帯で、気温も平均マイナス15℃前後で、風も平均15mほどあります。

山の天気は八甲田山に限らず変わりやすいものですが、先程も少し触れたように、八甲田山は日本海側と太平洋側から来る風が流れ込む場所の為、夏は濃霧、冬は吹雪や大雪となりやすい場所でもあるのです。八甲田山は東北では珍しく、雪質がパウダースノーの為、毎年スキーヤーや多く訪れていますが、コースを逸脱して遭難や事故に遭う者も増えています。

軍の訓練場所として使用されていた

Winter Mountain Climbing - Free photo on Pixabay (577333)

八甲田山は軍の訓練場所として使用されていたと言われていますが、本来の目的はどちらかと言えば、冬山や寒い場所での戦闘を想定した研究の為に使われていた場所です。

事故は1902年(明治35年)の1月に発生したものですが、日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が、日露戦争に備えて冬山での輸送や移動などの研究の為に、訓練を兼ねて冬の八甲田山を選びました。

事故についてはのちに詳しく述べますが、今現在も陸上自衛隊第5普通科連隊は、毎年八甲田山の雪中行軍訓練を行っています。

全国有数の心霊スポットとしても知られている

Hands Trunk Creepy - Free photo on Pixabay (577384)

2002年(平成14年)の夏に放送された「本当に怖い心霊スポット100」という番組で、堂々の1位となった最強の心霊スポットは八甲田山でした。それだけではなく、心霊スポットと言えば必ず名前が上げられるほど、八甲田山は全国有数の心霊スポットとしても有名な場所なのです。

先程も少し触れていますが、実はこの八甲田山では、明治時代、日本陸軍の歩兵第5連隊210名が雪中行軍中に遭難してしまうという大事故が発生してしまいました。しかもこの時、210名中199名もの軍人達が凍死してしまったのです。その死に方は、我々が想像していた「綺麗に死ねる凍死」というイメージを覆すほどの壮絶さで、冬山の恐ろしさを人々に知らしめました。

八甲田山だけでは無く、大量の人が無念の死を遂げた場所は、死者の苦しみや悲しみを想像しやすいものです。特に魂の存在を信じる日本人は、死者に対して同情や畏れみを感じやすく、事故や事件現場に怖さを感じてしまう人が多いでしょう。たとえ昼間は賑わいを見せる観光スポットであったとしても、夜人気(ひとけ)が無くなると、人々はつい悲惨な出来事を思い出し、微かな気配や物音を感じただけでも、いつしかそこが心霊スポットと呼ばれるようになるのかもしれません。

八甲田山で体験した心霊現象

Walkers Autumn Fog - Free photo on Pixabay (577614)

八甲田山での遭難事件は、冒頭でもお伝えしたように映画になっています。その為、映像と音で吹雪の壮絶さや冬山の恐ろしさを体感出来る為、実際亡くなってしまった199名もの軍人達の様子をリアルに想像しやすくなるのです。

戦後からGHQが行った日本人弱体化計画により、日本人は長い間自虐史観を植え付けられ、愛国心を奪うように教育され続けてきました。しかしこの10年程の間にネットやSNSが発展したことによって、真実を知る人が増え、日本の為に命を懸けて戦ってくれたご先祖様や、英霊を敬う気持ちを持つ人達が多くなってきたのです。

真実を知るにつれ、誤解していたことの反省や、敬い、そして志半ばで命を落としてしまったご先祖様に対し、無念さを感じてしまうせいか、戦地になった硫黄島や沖縄など軍人達のいた場所では、不思議な話や怖い話がたくさんあるのです。八甲田山は戦地ではありませんが、軍人だけでは無く多くの遭難や事故で命を落とした人も多い為、心霊現象がとても多いと言われています。ここでは、そんな八甲田山で体験した心霊現象を紹介します。

大勢の兵士が歩いている

Ordonanzschuhe Shoes Combat Boots - Free photo on Pixabay (577718)

八甲田山で一番多い心霊現象は、ザッザッザという大勢の足音が聞えたというものや、隊列を組んだ大勢の兵士達が行進してくる姿を見たというものです。やはり、八甲田山遭難事故を知っていたり、映画を観たことがある人であれば、一番想像しやすい現象と言えるでしょう。

特に体験情報の多い場所は、八甲田山の麓にある「雪中行軍遭難記念像」が建っている銅像茶屋周辺ですが、この像は事故当時一番最初に発見された後藤伍長をモチーフに作られたものです。彼が発見された時は、雪の中で立ったまま仮死状態に入っていたという壮絶な状況だったと言われている上、銅像のあるところは街はずれで街灯も無いような場所なので、夜はとても不気味に見えるのでしょう。

風があれば、木々や草がガサガサいうようなところなので、もしかすると足音に聞こえやすいのかもしれません。ちなみにこの後藤伍長はこの後蘇生して、事故後は結婚や子供も出来、村長まで勤めた上に、なんと自分の銅像の除幕式にも参加しているので、心霊現象を起こすほどの無念さは無いと考えられます。

テレビ番組で設置したカメラに映った複数人の人影

Camera Video Tv - Free photo on Pixabay (577916)

先程も少し触れましたが、八甲田山は2002(平成14年)年8月にテレビ朝日系列で放送されていた「決定!これが日本のベスト100~本当に怖い心霊スポット100」で、1位に選ばれていました。

この時の放送では、後藤伍長銅像の前に仕掛けた暗視カメラに、複数の人影が映り込んでおり、スタジオは大騒ぎとなりました。更にゲストに来ていた黒澤年雄が、銅像の横に軍服を着て行進する人達もいると言い出したことで、再び検証してみると、確かにそのように見えるものが写り込んでいたのです。

この番組は、今現在YOU TUBEで見ることが出来るので、興味のある方は自分の目でも確認してみましょう。

テントの外から「隊列右」という掛け声が聞こえてくる

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