2019年8月29日 更新

八甲田山遭難事故とは?遭難事故の全貌と八甲田山での心霊現象の話も

八甲田山と聞けば、昭和生まれの人達は映画「八甲田山」を思い出す人が多いでしょう。登山史上最悪の死傷者を出した八甲田山遭難事故を元にしたこの映画は、世間に冬山の恐ろしさを知らしめました。今回は、そんな八甲田山遭難事故と八甲田山での心霊現象を紹介します。

目次

Sculpture Antiquity Statue - Free photo on Pixabay (591076)

事故から5年後の1906年(明治39年)7月23日(月)、青森歩兵第5連隊で最初に発見された後藤房之助伍長をモチーフにした、雪中行軍遭難記念像の除幕式が行われました。

高さ7mもあるこの銅像は、行軍2日目と3日目の間で、多くの遺体が発見された場所に英霊達の魂を慰める為に建立されたのです。前年日露戦争にも勝利しているので、青森歩兵第5連隊の犠牲に敬意を払う為でもあったのかもしれません。

当時の陸軍大臣、寺内正毅(てらうちまさたけ)が記念像建立を呼びかけ、全国の将校達から集まった寄付金で建てられた銅像の除幕式には、モデルになった後藤房之助伍長も参加しています。その後、昭和になってからは、八甲田山雪中行軍遭難資料館が作られ、現在は観光スポットとしても有名となりました。

映画「八甲田山」の上映

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1977年(昭和52年)6月4日(土)、先に小説として話題を呼んでいた、新田次郎原作の「八甲田山死の彷徨(ほうこう)」が映画化され全国で公開されました。

映画は「八甲田山」というタイトルになり、主演は高倉健、北大路欣也で、その他にも三國連太郎、大滝秀治、加山雄三などなど昭和のスター俳優達が、事故現場と同じ冬の八甲田山で撮影に挑んだこの映画は、25億900万円の興行収入を上げ、同年の日本映画で第1位となったのです。

北大路欣也演じる、青森歩兵第5連隊の神成大尉が叫んだ「天は我々を見放した」というセリフは、当時の流行語となり、忘れられていた八甲田山雪中行軍遭難事故は一躍有名となりました。

人間は失敗から多くの事を学びとらなければならない

Mountain Top Adventure - Free photo on Pixabay (591235)

失敗は成功の基という言葉があるように、いつでも成功ばかりが人生ではありません。しかし、この遭難事故から学ぶことは多くあります。

例え整備されているレジャースポットと化した山であっても、相手が自然である以上、楽しむことも出来ますが、危険性を大いに孕んでいる場所でもあるのです。平和や安全というものは、けして人任せにしていいものでも、無料(タダ)で手に入れられるものでもありません。

八甲田山雪中行軍遭難事故は、山に対する油断や、知識・情報不足、装備不足などがいかに危険なのか、199名の犠牲になった英霊達が身を持って教えてくれた教訓です。この事故だけではなく、私達のご先祖達は身を持って体験した人生の教訓を本や資料に残してくれているのです。人生の参考に、これらを手に取ってみてはいかがでしょう?

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