2019年9月8日 更新

リンゼイアンホーカーさん殺害事件の詳細!市橋達也の逃亡劇

市橋達也という名前に聞き覚えはあるでしょうか。マスコミが当時、連日繰り返し報道していた大きな殺人事件の犯人です。現代社会で殺人事件は年間900件以上起こっています。その中でなぜこの事件がここまで大きく報道されたのでしょうか。詳しく解説していきます。

目次

誰とも接触することなく自給自足の生活を送るオーハ島と、他人と関わりの少ない期間限定日雇い生活の大阪を行き来する生活スタイルを確立していた市橋受刑者ですが、2009年11月10日とうとう逮捕に至ります。

逮捕までの2年7ヶ月は、被害者家族や捜索していた警察からすれば非常に長い期間だったことでしょう。しかし逆に言うと、それほど長い期間見つけることができないほど、市橋受刑者は世間を警戒しながら生きてきたのです。

顔を変え、人と関わりを持たず、警察を警戒しながら息をひそめていたにも関わらず、なぜ警察は市橋受刑者を見つけることができたのでしょうか。

2009年美容形成外科からの通報

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2009年11月5日、名古屋市内の美容形成外科で過去に美容形成の手術を受けた患者の顔写真を整理が行われていました、その際病院スタッフが、術後の写真の中に市橋受刑者の顔写真を発見し通報しました。

警察は顔の確認を行い、整形後で人相は変わっているものの骨格が市橋受刑者と類似しているため、市橋受刑者であると断定しました。整形後の顔写真は一般に公開されます。

この病院では、手術前にすでに市橋受刑者の人相が手配写真と違っていたことから、実際の受診時には気付かなかったとということです。

建設会社からの通報

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名古屋の形成外科から提供された手術後の新しい指名手配写真を見て、大阪の建設会社から警察に通報がありました。2009年10月ごろまで大阪府茨木市の建設会社において市橋受刑者が住込みの土木作業員として仕事をしていたという内容です。

そこから2008年2月から6月までは神戸市の建設会社で働き、8月から10月までは通報のあった大阪府茨木市内の建設会社で働いていたことがわかりました。どちらも会社が用意した寮で生活していましたが、無断でいなくなっていたようです。

警察官から職質される

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市橋受刑者は福岡のホテルに滞在しているときに、名古屋の病院から整形後の写真が提供され、その写真が全国に報道されていることを知りました。

都市部にいることが危険だと判断した市橋受刑者はオーハ島に行く選択をします。それまで使っていたルートでオーハ島入りをしようと鹿児島まで移動しましたが、警察の警備を恐れて神戸からのフェリーで沖縄に移動しようと考えます。

この過程で警察官から職務質問を受けましたが、この時も逃走に成功しました。身体能力の高さがうかがえます。

フェリー乗り場からの通報

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2009年11月10日、神戸市東灘区にある六甲船客ターミナルで、沖縄行きのフェリーを待っている乗客の中に、市橋受刑者にを発見した従業員がいました。

この日は、神戸発・沖縄行きのフェリーは欠航だったため、大阪南港発の沖縄行きの船があるということを案内すると、市橋受刑者がと大阪南港に向かうと発言したそうです。この従業員の人は市橋受刑者であると確信したことから警察に通報し、大阪南港にも市橋受刑者が向かっていること連絡しました。

2009年市橋達也の逮捕

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市橋受刑者は神戸六甲船客ターミナルの従業員に発言した通り、大阪南校フェリーターミナルに向かいました。沖縄のオーハ島にとにかく逃げ込みたかったに違いありません。

しかしフェリーターミナルに待機していた警察官により身柄を確保され、11月10日午後8時17分逮捕されました。東海道新幹線を使い、管轄であった千葉県警行徳署に移送される様子がテレビでも中継されます。

市橋受刑者が到着した東京駅は一時かなり大騒ぎになりました。報道陣を始め、一般の人と思われる人々が市橋受刑者の表情を一目見ようと大挙したのです。この時のニュースの視聴率は、軒並み20%を超えました。

殺人と強姦致死の罪

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市橋受刑者が大阪で逮捕された際の罪状は、死体遺棄罪でした。2009年12月2日千葉地検が市橋受刑者を起訴した際も、罪状は同じく死体遺棄罪です。

12月3日、他ーさんが殺害された現場に残されていた精液が市橋受刑者のDNAと一致したことで、千葉県警行徳署は殺人ならびに強姦致死容疑で市橋受刑者を再逮捕しました。翌日千葉地検に送致されています。

ホーカーさんが殺害されてから市橋受刑者が起訴される日まで、すでに2年8カ月以上が経過していました。

市橋達也の裁判について

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大阪南港フェリーターミナルで身柄を確保され、死体遺棄、強姦致死、殺人の罪で千葉地検に起訴された市橋受刑者に対する裁判は、6人の裁判員と3人の裁判官による裁判員裁判で行われました。2011年7月4日から12日までの計6日間です。

事件の残忍さと長きにわたる逃亡劇、市橋受刑者の生い立ちなどから逮捕に続き、マスコミや世間も強い関心を示す裁判となります。ホーカーさんの両親と姉妹の4人は、「被害者参加制度」を利用して裁判に参加しました。

殺人罪・強姦致死罪・死体遺棄罪

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千葉地検が提出した起訴状の公訴事実は、殺人罪・強姦致死罪・死体遺棄罪の3つです。死体遺棄に関しては、市橋受刑者を指名手配している時からかかっている容疑で、ホーカーさんを自宅マンションの浴槽に土を入れて隠したことを指しています。

殺人罪と強姦致死罪については、「強姦がばれないように殺さなければいけない」という動機のもと、市橋受刑者が明確な意思をもってホーカーさんを殺害したと検察は判断したため、公訴事実に記載されました。

第一審

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検察側は3つの罪による無期懲役を求刑しました。千葉地方裁判所は検察側の求刑通りに2011年7月21日、市橋受刑者にに無期懲役の判決を言い渡しました。

検察が主張した殺人罪と死体遺棄罪は認められましたが、強姦致死罪については認められず強姦罪という判決です。また遺族は死刑を求めていましたが「計画性は感じられず、更生可能性がないとはいいきれない」との理由から無期懲役としなりました。

この判決に対して、ホーカーさんの家族は「4年半もの間、この日を待っていた。判決が下されたことにとても満足している」とコメントをしています。

控訴審

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