リンゼイアンホーカーさん殺害事件の詳細!市橋達也の逃亡劇

市橋達也という名前に聞き覚えはあるでしょうか。マスコミが当時、連日繰り返し報道していた大きな殺人事件の犯人です。現代社会で殺人事件は年間900件以上起こっています。その中でなぜこの事件がここまで大きく報道されたのでしょうか。詳しく解説していきます。

目次

リンゼイアンホーカーさん殺害事件とは?

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リンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件とは、2007年に千葉県市川市で英会話学校に講師として勤めていたイギリス国籍の女性リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)が、市橋達也(当時28歳)に殺害された事件です。

ホーカーさんは2006年にイギリスの大学を卒業後、同年10月からNOVA小岩校で働き始めました。ブロンドが美しくキュートな笑顔が魅力的な彼女は、夢や希望をもって来日したに違いありません。そんな彼女がなぜ事件に巻き込まれてしまったのでしょうか。

リンゼイアンホーカーさん殺害事件発覚時

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まずリンゼイ・アン・ホーカーさんが殺害されたとわかったのか、その発覚までの経緯を見ていきましょう。

ホーカーさんはルームシェアをしていましたが、2007年3月26日帰宅しないホーカーさんの身を案じた同居人の女性が警察に通報しました。また、勤務先であるNOVAからも「連絡がつかない」とのことで千葉県船橋署に届けが出されています。

ホーカーさんが誰といたかは警察の手によりすぐに判明しましたが、その後問題が発生します。

2007年3月26日行方不明者宅を捜索

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同居女性より通報を受けた警察は、まずホーカーさんの行方に手掛かりになるものを捜索するため、また女性に事情を聴くためにホーカーさんの自宅に向かいました。

部屋の捜索をしたところ、市橋達也の電話番号・メールアドレスが書かれたメモ、市橋達也が描いたと思われるホーカーさんの似顔絵が発見されました。

また市橋とホーカーさんが、行徳駅前の喫茶店に来店した様子が防犯カメラに映っていることもこの時点で確認されています。

同日市橋達也宅へ向かう

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ホーカーさんの行方を市橋が知っているとみた警察は、市橋の住居に向かいます。千葉県市川市の市橋宅はマンション4階にあり、通報のあった3月26日の夜9時過ぎには生活安全課と刑事課の署員6名が到着しました。

市橋は、部屋から出てきてマンション共用部分の通路で応対を試みましたが、警察は市橋の自宅を捜索することを求めました。このとき、一瞬のスキをついて市橋は非常階段を駆け下りてマンション裏の駐車場へ逃亡したのです。その後警察は、東京メトロ東西線行徳駅方面に逃亡を許しました。

市橋宅で遺体発見

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警察は市橋を取り逃がして追いかけている間に、市橋の自宅の捜索も行っています。同日午後10時ごろ、市橋の部屋のベランダに置かれていた浴槽で、ホーカーさんの遺体が発見されました。

ホーカーさんはほぼ全裸、前かがみに座った状態で浴槽に入れられ、上から土がかけられ埋められていたそうです。その後死因は絞殺と断定されました。

一人の若いイギリス人女性が、「安全な国」と信じ希望をもってやってきた日本で、変わり果てた姿となってしまったのです。

その後捜査員が発見するも犯人逃走

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市橋の自宅マンションからの逃亡を許してしまうという失態を犯した警察ですが、この後さらに失態を重ねます。市橋は一旦駐車場を経て行徳駅方面へ逃亡したかにみられましたが、しばらくは近隣の住宅地の物陰に潜んでいました。

周囲を捜索していた捜査員が潜伏していた市橋を発見し、一旦羽交い絞めすることに成功します。しかしまたしても市橋に逃走を許してしまったのです。

自宅捜索時も、逃走後も、複数の捜査員で対応しているにもかかわらず、警察はあってはならないミスを繰り返してしまいました。

事件前の市橋達也について

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罪のないイギリス人女性を殺害し、不自然な形で自宅に遺棄した市橋達也受刑者ですが、このリンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件の前はどのような生活を送っていたのでしょうか。

当時市橋受刑者は28歳、一般的な男性の場合は高校や大学、大学院などを卒業し、社会に出て働いている人が多いでしょう。すでに家庭を築いている人も少なくありません。しかし市橋受刑者の場合は、一般的な28歳とはかけ離れた生活実態だったようです。

医学部を目指し4浪

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市橋受刑者の父親は外科の勤務医、母は歯科医という高学歴高収入の両親でした。裕福な家庭で育った彼は、中高ともに成績優秀、スポーツも得意だったようです。学内での信頼もあり、生徒会長を務めたこともありました。

大学受験は父と同じ医師を志し、医学部を志望します。どこの大学を受験したのかは不明ですが、現役合格はかなわず、その後浪人生活を送ります。最終的には4浪したものの医学部には合格はできませんでした。この時点で現役で大学に進学している同級生たちは卒業の年を迎えています。

千葉大学園芸学部緑地環境学科へ入学

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医学部への入学を断念した市橋受刑者は、千葉大学園芸学部緑地環境学科を受験し合格します。この学科は、人間を取り巻く自然環境の仕組みの解明、管理、利用なのどの研究・教育を受けられ、技術系公務員,緑地環境コンサルタントや施工管理に係わる技術者、環境NPOメンバーなどになるために学ぶことができるそうです。

在学中は非常にまじめで、大人しく目立たない学生でした。空手同好会に所属し、周囲との交流もあったようです。大学の教授の印象も良いものでした。

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