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父親が会社を経営し経済的な余裕があったためか、寺内樺風の母親は専業主婦だったようです。教育熱心で寺内樺風を中学受験させたのもこの母親だと言われています。
しかし大学生とはいえ、息子のアパートを一度も訪ねることなく、就職の際の引っ越しにもたちあわないということはある程度距離がある親子だったのかもしれません。
専業主婦ということは子育てを中心に生活をしてきたと思われますので、息子が犯罪者になってしまったショックは母親が一番大きいのではないでしょうか。
しかし大学生とはいえ、息子のアパートを一度も訪ねることなく、就職の際の引っ越しにもたちあわないということはある程度距離がある親子だったのかもしれません。
専業主婦ということは子育てを中心に生活をしてきたと思われますので、息子が犯罪者になってしまったショックは母親が一番大きいのではないでしょうか。
妹
寺内樺風は妹との関係は良好だったようで、二人で食事に行ったり旅行に行ったりしていました。一般的な男女の兄弟よりは仲が良かったかもしれません。
この妹さん、実は被害者の斎藤さんと同い年と言われています。このことにどんな意味があるのかはわかりませんが、誘拐した女の子が妹と同じ年の頃ということは寺内樺風にとって大きなことだったのではないかと邪推してしまします。
寺内樺風が逮捕され被害者が自分と同じ年と知ったとき、彼女はどのように感じたのでしょうか。
この妹さん、実は被害者の斎藤さんと同い年と言われています。このことにどんな意味があるのかはわかりませんが、誘拐した女の子が妹と同じ年の頃ということは寺内樺風にとって大きなことだったのではないかと邪推してしまします。
寺内樺風が逮捕され被害者が自分と同じ年と知ったとき、彼女はどのように感じたのでしょうか。
犯人・寺内樺風が憧れた「クリーブランド監禁事件」
寺内樺風が「埼玉少女誘拐監禁事件」を起こすきっかけとなった事件と言われているのが「クリーブランド監禁事件」と言われています。2013年にアメリカ合衆国のクリーブランドで発覚した誘拐監禁事件です。
この事件が解決した2013年5月、寺内樺風はカナダ・アメリカに留学中で舌。現地で報道を見て事件の全容を把握した可能性があります。
「中学生の頃から女の子を誘拐したかった」と供述していた寺内樺風は、クリーブランド監禁事件のおぞましい報道を見て感化され、実行にうつしたのではないかと考えられています。
この事件が解決した2013年5月、寺内樺風はカナダ・アメリカに留学中で舌。現地で報道を見て事件の全容を把握した可能性があります。
「中学生の頃から女の子を誘拐したかった」と供述していた寺内樺風は、クリーブランド監禁事件のおぞましい報道を見て感化され、実行にうつしたのではないかと考えられています。
2003年4月21日16歳の少女が監禁される
2003年4月21日、事件は始まりました。16歳の少女が自宅近くのファーストフード店で働き帰宅している途中に、行方不明になったのです。
家族から捜索願が出されたものの、警察は発見するに至りませんでした。16歳という年齢から、家出として扱われていた可能性もあります。
その後アメリカ全土の不明者データベースに名前が掲載されたものの、途中でデータベースから抹消された時期があったため、警察の捜索活動は停止していました。
家族から捜索願が出されたものの、警察は発見するに至りませんでした。16歳という年齢から、家出として扱われていた可能性もあります。
その後アメリカ全土の不明者データベースに名前が掲載されたものの、途中でデータベースから抹消された時期があったため、警察の捜索活動は停止していました。
2013年5月6日に脱出し事件発覚
2013年5月6日クリーブランド市シーモア通りにある一軒の家から女性の叫び声が聞こえ、近所の住民が気づきました。若い女性が家の中から助けを求めながら脱出しようとしていたため、駆け付けた住民がドアを蹴破ったところ、女性と幼い女の子が出てきたのです。
助けられた女性は隣の家から通報、「16歳だった2003年4月21日の仕事帰りにヒスパニック系の男に誘拐され、監禁されていた」と警察に話しました。そして他にも被害者がいると訴えたのです。その後警察が到着し、52歳の男の身柄を確保しました。
助けられた女性は隣の家から通報、「16歳だった2003年4月21日の仕事帰りにヒスパニック系の男に誘拐され、監禁されていた」と警察に話しました。そして他にも被害者がいると訴えたのです。その後警察が到着し、52歳の男の身柄を確保しました。
被害者は3人の女性
被害にあっていた女性は3人した。一人目は脱出してきたアマンダ・ベリーさん、拉致されたときは16歳、保護されたときは27歳でした。
二人目はジョージーナ・デヘスースさんで、拉致されたときは14歳、保護されたときは23歳でした。彼女は逮捕された男の娘の親友だったということです。
三人目は拉致されたときは21歳、保護されたときは32歳になっていたミシェル・ナイトさんです。彼女が一番長く監禁されていました。
二人目はジョージーナ・デヘスースさんで、拉致されたときは14歳、保護されたときは23歳でした。彼女は逮捕された男の娘の親友だったということです。
三人目は拉致されたときは21歳、保護されたときは32歳になっていたミシェル・ナイトさんです。彼女が一番長く監禁されていました。
強姦し5回妊娠させていた
「埼玉少女誘拐監禁事件」と違う点は、犯人のアリエル・カストロが監禁している女性たちに暴行を加えていたことです。身体的な暴力に加え、性的暴力も行っていました。
カストロはもともと暴力的な人間だったようで、妻との離婚の原因も暴力によるものだったと言われています。監禁されていた女性たちに対し、人間相手とは思えない行為を繰り返していたようです。
特にひどかったのはミシェル・ナイトさんで、12年の監禁期間に何度もカストロに強姦され少なくとも5回は妊娠させられています。
カストロはもともと暴力的な人間だったようで、妻との離婚の原因も暴力によるものだったと言われています。監禁されていた女性たちに対し、人間相手とは思えない行為を繰り返していたようです。
特にひどかったのはミシェル・ナイトさんで、12年の監禁期間に何度もカストロに強姦され少なくとも5回は妊娠させられています。
腹部を蹴ったり食事を与えずに死産させる
5回以上妊娠していたにもかかわらず、彼女たちが保護されたときに一緒にいた子供は一人だけでした。他の子供たちはどこに行ってしまったのでしょう。
それはカストロによって殺されてしまっていました。ミシェル・ナイトさんは妊娠するたびに2週間にもわたって絶食させていました。さらに腹部を殴ったり蹴ったりして、流産させていたのです。こんな流産のさせ方は母体にもかなりの負担がかかりますし、命の危険も少なくなかったでしょう。
それはカストロによって殺されてしまっていました。ミシェル・ナイトさんは妊娠するたびに2週間にもわたって絶食させていました。さらに腹部を殴ったり蹴ったりして、流産させていたのです。こんな流産のさせ方は母体にもかなりの負担がかかりますし、命の危険も少なくなかったでしょう。
犯人・アリエル・カストロについて
逮捕されたアリエル・カストロはスクールバス運転手をしていて、逮捕された当時は52歳でした。近所の人たちからはから評判がよく、社交的で音楽好きという一面を持っていました。しかし一方では暴力が原因で離婚し、4人の子供の親権も失っていました。
「クリーブランド監禁事件」で逮捕された後の2013年8月1日暴行など977件の罪に問われていた裁判で、仮釈放なしの終身刑と禁錮1000年の刑を言い渡されましたが、独房で自殺を遂げています。
「クリーブランド監禁事件」で逮捕された後の2013年8月1日暴行など977件の罪に問われていた裁判で、仮釈放なしの終身刑と禁錮1000年の刑を言い渡されましたが、独房で自殺を遂げています。
少女を誘拐する人の心理とは
過去の事件を調べてみると、少女の誘拐事件というのは昔から何度も発生しています。すぐに解決しているものもあれば長期間に及ぶものもあるなど期間は様々ですが、なぜこのような事件が何度も起きてしまうのでしょうか。なぜ犯人たちは少女を狙うのでしょう。
世間的には犯人は小児性愛者だという印象を持っている人が多いかもしれませんが、小児性愛の人たちが必ずしも事件を起こしているわけではありません。ここからは少女を誘拐・監禁する犯人の心理状態を解説していきます。
世間的には犯人は小児性愛者だという印象を持っている人が多いかもしれませんが、小児性愛の人たちが必ずしも事件を起こしているわけではありません。ここからは少女を誘拐・監禁する犯人の心理状態を解説していきます。
癒して欲しい
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