2019年10月21日 更新

寺内樺風の生い立ちとは?裁判の判決と現在についても

「寺内樺風」という珍しい名前に聞き覚えはありませんか。「埼玉少女誘拐監禁事件」、発覚当時はワイドショーなどで連日報道されました。中学生を誘拐した犯人と被害者の間に性行為はあったのか、犯人の生い立ち、判決内容、家族の現在などまとめて紹介します。

目次

中学時代の同級生から「鞄にジャラジャラとカンバッチを付けている印象が強い」という証言があります。缶バッチはアニメ「らきすた」などのものだったようです。缶バッチの他にキーホルダーなどがついていたという話もありました。

2010年代に登場した「痛バッグ」というものはご存知でしょうか。アニメ・漫画・ゲームなどの缶バッチやボタンなどのアイテムをトートバッグなどに装飾しているものです。現在も一部の人たちに人気があり、実物を見たことがある人もいることでしょう。

寺内樺風も鉄道や飛行機など好きなものにのめり込むタイプだったようなので、この「痛バッグ」の走りのような装飾をしたバッグを使用していたのかもしれません。

アニメの話ばかりしていた

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高校時代の同級生からは「アニメが好きなようだった」「アニメの話ばかりしていた」という証言がありました。好きなものに熱中しやすいということはオタク気質ともいえますので、このような情報がでてきたのかもしれません。

しかし一方では、「アニメ好きというのは偽の情報である」という意見もあります。大学時代の同級生からは「アニメオタクのような報道があるけれどそのような印象はない、飛行機には夢中だったようだ」という証言が聞かれています。

これは被害者・斎藤さんが保護されたときに寺内樺風が秋葉原に出掛けていたというところから、「秋葉原=アニメ・オタク」という情報になった可能性があるでしょう。実際には秋葉原には先述の通り飛行機無線のお店や、家電のお店など数多くの趣味のお店がありますので、「アニメ好きだった」という情報の真偽はわかりません。

好きなことには饒舌

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小学校、中学校、高校、大学の各世代の同級生から得られた証言として「好きなことに関しては饒舌だった」というものがあります。

これはアニメについて、飛行機について、鉄道についてなどさまざまですが、その時々で好きだったものについて友人と呼べる相手に饒舌に話していたということでしょう。オタク気質であったことは間違いなさそうですので、深めたちしきを披露したかったのかもしれません。

しかし当然ですが、「女子中学生を監禁したい」という欲求については誰にも話していなかったようで、事件に関連するような趣向について聞いたことがある知人はかなり少ないと思われます。

パソコンなどに機械に強かった

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寺内樺風は千葉大学工学部情報学科で学びました。偏差値70越えの大阪教育大付属池田附属高校時代から考えるとランクはやや下がっているようですが、一般的に見て優秀な国立大学だといえるでしょう。

専門はデータ解析ータ解析でコンピューター、ソフトウェアの研究室に所属していました。また在学中に「ITパスポート」という資格も取得しています。これは情報社会で活躍するために必須と言われている国家資格で、合格率は40%程度、学生のうちに取得するのはかなり優秀と言えるそうです。

被害者の監禁中の状況について

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寺内樺風の周囲にいた人間は、誰一人として自宅アパートに少女が監禁されていることに気が付いていませんでした。怪しいと思ったこともなかったというのが大半の人の意見です。

誘拐された斎藤杏花さんは当時13歳、子供とはいえある程度のことは自分で判断し行動できる年齢と言えるでしょう。そんな彼女が逃げることもできず、周囲に気が付いてもらえることもなく、2年間も監禁されることになったのは何故なのでしょうか。

ここでは被害者・斎藤さんの監禁中の状況について掘り下げていきましょう。

被害者・斎藤杏花さんについて

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朝霞市立朝霞第三中学校1年生だった斎藤杏花さんは、会社員のお父様と専業主婦のお母様のもと生活をしていました。幼少期から複数の習い事を掛け持ちし、忙しい毎日を送っていたようです。

クラシックバレエやエレクトーンなど芸術系の習い事には力を入れていたようで、中学校入学後もクラシックバレエの発表会に出演しています。見た目も華奢で女性らしい女の子で、幼さの残る笑顔が印象的です。

大切に育てられていた斎藤さんは誘拐されたその日のうちに捜索願が出され、3日後には公開捜査に切り替わっています。

杏花さんは麻薬成分を飲まされていた

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オオバアサガオ、ソライロアサガオなどのいわゆる西洋朝顔の種にはリゼルグ酸アミドというLSD(合成麻薬)に似た成分が含まれています。主に幻覚症状などを引き起こすこの物質がアサガオの種に含まれているのが発見されたのは1960年代でした。

丸ごと飲みくだしたり、潰してコーヒーやお茶に混ぜたりすると幻覚剤になると言われているこの種を、寺内樺風は自分でドラッグのように生成し斎藤さんに飲ませていたようです。

しかしこのような体に悪影響のある物質を飲まされたせいで斎藤さんは体調を崩したようで、寺内樺風も1度飲ませただけにとどまったようです。

杏花さんは心的外傷後ストレス障害を負わされていた

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誘拐されるとき寺内樺風は斎藤さんに「お父さんとお母さんが離婚することになった、弁護士のところへ案内する」と言って連れ去ることに成功しています。この言葉を聞いた斎藤さんは、どれだけ不安になったことでしょうか。

それに引き続き家に帰れない、両親に会えない、成人男性に常に監視されている監禁生活は彼女に想像を絶する強いストレスを与えました。その結果斎藤さんはPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまったものと考えられています。このPTSDは事件解決後も斎藤さんの心を苦しめ続けたことでしょう。

杏花さんは洗脳されていた

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中学1年生の女の子が幻覚剤のようなものを飲まされていたとはいえ、その気になれば2年もたたないうちに脱出できたのではないかと考える人もいるのではないでしょうか。

寺内樺風は斎藤さんが逃げるのをあきらめるように仕向けていました。「お父さんは借金をしていて、その代償に君を預かっている」「両親は君を捨てた」「お金のために売られた」と言い続け、もう戻れる場所はないのだと洗脳したのです。

また長期間の監禁生活により、加害者に同情の気持ちを抱いてしまう「ストックホルム症候群」に罹ってしまっていたのではないかとも言われています。

杏花さんは助けを求めて2度外に出たこともあった

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心理的にコントロールされ、寺内樺風に洗脳された状態にあっても、斎藤さんは監禁から逃れようと行動していたことがありました。寺内樺風は大阪に帰省したり、友人と出掛けたりと自宅アパートを空けることが度々ありましたので、その時に脱出をしています。

1度目は近くの公園で子連れの女性に助けを求めましたが、「忙しい」と取り合ってもらえず、公衆電話も見つけられなかったことから諦めて監禁されているアパートに自ら戻ったそうです。

2度目は年配の女性に助けを求めたものの「無理です」と無下に断られてしましました。斎藤さんはこの時の気持ちを「全く話を聞いてもらえず、ショックで絶望した。誰も話を聞いてくれないんじゃないかと思った」と後に語っています。

こうして行くところがないと感じてしまった斎藤さんは、寺内樺風のアパートに戻らざるを得ないと思てしまったのです。

食料品はネットで購入していた

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