2019年7月14日 更新

フリーライター染谷悟とは?追っていたプチエンジェル事件と死の関係

ある事件を追っていたフリーライターの染谷悟は、事件発覚後のわずか2ケ月後に東京港で遺体となって発見されました。彼が追っていたのはプチエンジェル事件。政治家や皇族、三菱商事など大物人物が多く係わっていたと言われています。今回は、染谷悟と事件の概要を紹介します。

目次

2002年2月売春容疑で指名手配

Wanted Poster - Free image on Pixabay (457742)

母親の自殺未遂の後、吉里弘太朗は自分でも未成年の少女を買春していました。通っていたロリータクラブの子なのか、別口で会っていたのかは不明ですが、吉里は2002年(平成14年)3月に、女子中学生との売春容疑で逮捕され、執行猶予となっています。

金はすでにありますが、父と兄の相次ぐ自殺、追い打ちを掛けるような母親の自殺未遂。この家庭環境の変化は、吉里の心に何かしらの影響を与えていたとは考えられますが、やはり彼が自棄になっていたとまでは感じられません。

2003年自殺

Carbon Eggs Briquette Briquettes - Free photo on Pixabay (457782)

小学6年生の女児4人を監禁してから、わずか3日後に吉里弘太朗は練炭自殺をしました。2003年(平成15年)7月16日(水)の午前9時頃、監禁している少女達を残してこの世を去った吉里。

もし吉里が自分に逮捕状が出ていることを知っていたと仮定して、自分の悪事がバレないようにと悲観しての自殺であったのであれば、果たして証拠となる少女達がいる場所で自殺をするものでしょうか?

人間の心理として、せめてその場から逃げ出すか、自殺するのであればもっと人気の無い場所や、遺体がすぐに発見されないような場所でするのではないかと感じるのです。

プチエンジェル事件の不審な点

Search To Find Internet Magnifying - Free image on Pixabay (457848)

先程からも少しずつ触れていましたが、このプチエンジェル事件は不審な点が多過ぎます。警察の捜査打ち切りや、マスコミの終息だけでも、疑われる要素を生み出していますが、あまりに隠されると人々はどうしても興味を持ってしまうので、逆効果な気がします。

事実、事件からすでに16年余り経った今でも、ネットではこの事件の疑惑を取り上げ続けています。しかも、最近になって、その情報も工作員が入っているのでは?と思えるように、事実の改変を試みようとする記事も増えているのです。

ここでは、そんな疑惑の多い、プチエンジェル事件の不審な点を検証していきます。

主犯、吉里の練炭自殺の不審点

Crime Blood Offence - Free image on Pixabay (457897)

吉里弘太朗は、テント状にしたビニールで自分の空間を囲い、練炭の火がビニールに付かないように椅子で高さを維持しようとしていたと言われています。

ここで不審な点は、まだマスコミの報道が終息する前に、「真相報道バンキシャ!」で検証したと言われている吉里弘太朗の死に方です。まずこのビニールテントは、空気が漏れないように外側からテープで目張りがされていました。中に入ったまま、外側にテープを貼れるものでしょうか?

更に、練炭は七輪に入れられていましたが、狭い空間の中で練炭を燃やすと、中は最高1000℃ほどの高温になり、ビニールはすぐに溶けるという実験をテレビではしていたのです。ビニールが溶けるなどすれば、遺体には火傷の痕やビニールの溶けたものなどが付着するはずですが、吉里の遺体にはそのような痕はありませんでした。そしてビニールがすぐ溶けて穴が開くのであれば、一酸化炭素中毒では死ねません。

主犯、吉里の自殺動機の不審点

Car Vehicle Auto - Free photo on Pixabay (457990)

吉里が自殺理由がよく分からないということを何度が述べましたが、彼が少女達を監禁する前の行動に不審点が見受けられるからです。少女達を監禁する2日前の、2003年(平成15年)7月11日(金)、吉里は自分の保有していたフェラーリを2台を突然売却しています。

彼には少なくとも、億単位の貯金があったはずですが、何故愛車を売る必要があったのでしょう。何か高額なお金が入用だったのでしょうか?それとも、身辺整理のつもりでしょうか。この辺りの理由もハッキリしていません。もう1つ、あまり信憑性があるのかは確定出来ない情報として、少女達を監禁した後すぐに、吉里は通っていたロリータクラブに電話を掛けています。

店主の証言によると、吉里は「自分の姪っ子達に大人のセックスを見せたいので、女の子を今すぐ派遣して欲しい」というおかしな依頼だったと言います。とても焦って何度も依頼していたようですが、店主は断っています。吉里は「今日しかない」としつこく頼んでいたということから、死ぬ前の時間の無さだったのか、それとも逮捕前に性欲を満たしたかったのか、理由はやはり分かりません。

同マンション内にいた少女たちの証言

Portrait Of A Girl Woman Fear - Free photo on Pixabay (458064)

事件後保護された4人の少女達は、事情聴取を受けていますが、この証言にもおかしな点が窺えます。まず助けを求めに外に出た1人目の少女は、どうやって手錠を外したのか?ということ。

そして、彼女達は監禁されてから、吉里の声や物音を聞いて彼の行動を確認していたと述べていますが、吉里もまた少女達の音を聴いて、状況を確認していたようなのです。実はこの監禁されていた赤坂のマンションは、ウィークリーマンションで、とても壁が薄く、小さな音も聴こえるような雑な作りでした。

しかし、彼女達は吉里が自殺の準備をしている時の音を、「何も聴こえていない」「知らない」と答えているのです。逃げ出した少女は、音が何もしなくなってから逃げたのに、何故ビニールをガサガサ貼る音や、練炭に火を点ける音などのおかしな音だけが全く聞こえないというのは不思議です。本当は何かを知っていたのかもしれません。

単独犯という不審

Doorknob Open Door Entrance - Free photo on Pixabay (458086)

この事件は、吉里弘太郎が単独犯にされてしまいましたが、実は少女達が拉致される時に、どうやら他の人物も目撃されていたようなのです。

まず疑問だったのは、いくら小学6年生の女児とは言っても、4人を1人で拘束することは難しいのではないか?ということに先程少し触れました。実は、渋谷で待ち合わせに来た時、吉里ともう1人別の男性も来ていたという話があります。

更に、事件現場となった赤坂のマンションの、1101号室から男女が出てきたところを目撃した人がいました。この2人は吉里のことを「社長」と呼んでいたという証言もあります。しかし、これらの人達は何も調査されていません。そもそもマンションも、吉里が借りた訳ではなく、「ヤマザキ」という人物が契約をしています。これは吉里が偽名を使ったのか、それとも別人なのかも調査されていません。

自殺前に金策に走っていた

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吉里が事件前に金策に走っていたと言われるのは、やはりフェラーリ2台を売ったということからきているのでしょう。しかし、プチエンジェル経営でも相当稼いでいたはずの吉里は、一体どうして金策に走る必要があったのか分かりません。

プチエンジェルは、年会費が60万円、未成年とのセックスは1回5万~15万円と言われるほどの高額取引でしたが、単独で経営者であるはずの吉里は、取り分が中高生1人に付き1万円、小学生1人に付き3万円だったとも言われています。売りの少女達も、取り分は吉里とあまり変わりはありません。

もしそうだとすれば、残りの取り分は一体誰が取っていたのでしょう?吉里の取り分が本当だとすれば、35億もの貯金があったことも、フェラーリを2台所有するのも、無理があるように感じます。何れにせよ、本当に死因が自殺であったのなら、金策などする必要性はあまり考えられません。

リスト押収での捜査終了は顧客が有名人や大物政治家だったから?

Tie Necktie Adjust - Free photo on Pixabay (458143)

プチエンジェル事件が未だにネットで話題にされ続けるのは、様々な矛盾点が多いということもありますが、1番の理由はやはり顧客リストに載っていたと言われる、有名人や大物政治家などが大量に存在していたからではないでしょうか。

のちにどのような人物が載っていたのかは説明しますが、最近は初期に発表されていたこの中の人物を、明らかに隠蔽狙いと思われるすり替えの記事が、2018年(平成30年)前後から増えているのです。

このような工作や、火消しは、むしろ顧客リストの中には、相当な人物達の名前が連なっているという信憑性を増しているとも言えるでしょう。しかし、真実が暴かれる時は無いのかもしれません。

染谷悟を殺害した容疑で逮捕された人物

Police Crime Scene Blue Light - Free image on Pixabay (458189)

プチエンジェル事件の概要が分かったところで、冒頭のフリーライター殺人事件に話を戻しましょう。少しおさらいすると、このプチエンジェル事件の真相を追っていたと言われる、フリーライターの染谷悟が、変死体で発見されたという件です。

プチエンジェル事件発覚から約2ケ月後の、2003年(平成15年)9月12日(金)に染谷悟の遺体が発見されましたが、犯人はわりとすぐに見つかりました。

果たして、染谷悟はプチエンジェル事件を追っていたせいで殺されたのでしょうか?ここでは、染谷悟殺人容疑で逮捕された人物の紹介をしていきます。

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