2019年7月23日 更新

寝屋川事件の判決とその後は?山田容疑者の生い立ちについても

2015年に発生した「寝屋川事件」を覚えていますか?犯人の山田容疑者の生い立ちや、発達障害だったのか?寝屋川事件の判決内容と、その後を詳しく解説していきます。寝屋川事件の真相は…今後の展開はどうなっていくのかを知るためにも、事件を初めから見直していきましょう。

目次

被害者である平田さんの身体には、鋭い刃物で切られた30箇所以上の切り傷があるのがわかっています。30箇所の傷の中には骨にまで到達する傷から、浅い傷まで様々で両刀使いで切られたのではないかと推測されています。

この切り傷に対して、山田容疑者はこのように弁明をしています。「息をしておらず死んでいると思った、身体を傷つけ痛みを与えたら生き返ると思った」と話しています。いわゆる、ショック療法のようなもので助けようとしたと弁明しているのです。

しかし、その行動は矛盾していると言えます。平田さんの顔全体には粘着テープでグルグルに巻き付けられたままだからです。そのままでは、いくら切り傷を負わせても息をすることはできない生き返ることはできません。

そのことを、警察が問いただしても山田容疑者は黙秘に転じ、それ以後事件の詳細について語ることはなかったようです。

星野凌斗は熱中症で動かなくなった

Black White Human Breast - Free photo on Pixabay (492715)

星野くんの殺害については、逮捕当時から裁判が終わるまで山田容疑者の供述が変わることはありませんでした。星野くんは、車に乗せた当初から体調が悪そうにしており、大量の汗をかいて震えていたと供述しています。

更に、星野くんは寝たら治ると話し平田さんが差し出した睡眠薬を飲んでいた。寝ているのかと思ったら、平田さんが息をしていないと慌てだしバッグミラーで星野くんの姿を確認し息をしていないと思ったとも話しています。

星野くんが死亡してしまったのは、熱中症であり自分は星野くんの死亡したことに対して関わってはいないという主張は、裁判が終わるまで変わることはなかったのです。

山田容疑者の生い立ち

Boys Playing Friends Children - Free photo on Pixabay (495003)

つづいては、山田浩二容疑者の生い立ちについてを詳しく解説していきます。メディアやネットでも、山田容疑者の生い立ちについて取り上げられているので見たことがある人もおられるのではないでしょうか。

ここでは、幼少期の家庭環境から山田容疑者の家族、学校生活での様子についても掘り下げていきます。また、山田容疑者には前科も多くあります。どのような事件を、起こしてきたのかを知ることで寝屋川市事件に至ってしまった経緯も知ることができるかもしれません。

本名は渡利浩二で金浩二は別人

Kaputze Man Green - Free photo on Pixabay (495017)

寝屋川事件を起こした当時は、山田浩二という名前になっていますが、本名は「渡利浩二(わたりこうじ)」です。逮捕当時にネットでは、本当は「金浩二」というのが本名で在日韓国人であると囁かれていました。

しかし、官報の調査によると金浩二という在日韓国人は存在するものの、山田浩二とは出生年度は同じであるが誕生日が違うため別人であるという見解を示しています。

山田容疑者を知る当時の同級生達も、渡利浩二だと証言しているため金浩二は別人だと考えて間違いなさそうです。

父親はパン屋を経営し母親はパート勤務

Travel Family Contour - Free photo on Pixabay (495042)

山田浩二容疑者の両親は、父親がパン屋を経営し母親もパートに出ており共働きの家庭で育っています。その当時は、枚方市の大きな公団住宅に住んでいたようです。

父親はパン屋ということもあり、朝早くから仕事に出ていて夜は早く寝てしまう生活を送っていたため、子供と関わる時間はあまりとれていなかったと周辺住民は語っています。

また、母親はパートには出ていたが家庭のことはほったらかしにしていた、子供の事を可愛がっている姿を見たことがないとも近所の住民は話しています。

自身を含め4人で生活していた

Family Kids Baby - Free photo on Pixabay (495050)

山田容疑者は、父親・母親・5つ離れた妹の4人家族で枚方市の公団住宅で生活を送っています。両親は共働きなことや、性格が真面目で物静かなほうだったため近所の人と交流を持つことはあまりなかったようです。

一見、真面目で物静かなタイプに見えていたが母親は山田容疑者のことをよく怒鳴りつけたり、叩くといった行為もよくやっていたと見た目とは違う一面もあったと近所の人は語っています。

両親から愛情を受けることができなかったことで、性格が歪みどんどんグレてしまったのではないかと話す住人もいます。

幼少期から寄行が目立ち1人で過ごすことが多かった

Feet Children'S Baby - Free photo on Pixabay (495054)

山田容疑者は、幼少期から言動の奇行さが目立ち近所では有名な子供であったこともわかっています。

それは、住んでいた団地の鍵のかかっていない家に勝手に入り込み食べ物を食べていたり、自分よりも年下の子供を見つけるとツバを吐いたりと、陰湿ないじめをすることが多々あったからです。

とにかく、自分より下で弱いとわかるとちょっかいをだし嫌がらせばかりする子供だったようです。その奇行さから、子供からも大人からも嫌われてしまい誰も近寄らなくなり一人で遊んでいることが多かったと同級生や近所の住人は話しています。

母親はネグレクトという噂も

Farmhouse Abandoned Neglect - Free photo on Pixabay (495060)

山田容疑者の母親は、子供に愛情を注ぐこともなく怒ったり叩いたりすることのほうが多く、パートに出ていたこともあり子供をほったらかしにしている印象がとても強いです。その反動からか、山田容疑者の奇行はエスカレートしていきます。

山田容疑者を味方する人は、一人もおらず孤立していってしまった淋しさもあったのかもしれません。ここではお伝えできないほどの数の非常識かつ迷惑な行動を、山田容疑者がとってしまうようになったのも、子供に愛情も関心もない母親のネグレクトが原因ではないかと言われています。

また、父親も母親のそのような姿を見て見ぬ振りをし何も言わず、父親自体も子供に関心がなかったことが更に山田容疑者の奇行に拍車をかけていったのかもしれません。

ゴミ屋敷だった

Abandon Squatting Trash - Free photo on Pixabay (495061)

山田容疑者の家族は、山田容疑者が小学校高学年になる頃に団地から2キロほど離れた一軒家に引っ越しをしています。団地の住民からは、山田容疑者の奇行を白い目で見られるようになり居づらくなったからではないかと話しています。

そんな一軒家の住まいは、玄関先には不要品が嵐山に放置され、ベランダも子供達が使わなくなったオモチャなどで溢れ返りゴミ屋敷であったと周辺住民は語っています。

近辺の一軒家の住人は、ベランダや玄関先にお花を飾ってキレイにしていたため余計に山田容疑者の家の汚なさが目立ってしまっていたようです。

また、ペットの猫が亡くなってしまったのに庭に埋めてあげることも、火葬場に持って行くこともせず、山田容疑者の家では敷地内にほったらかしにされていたという住民の証言もあるほどです。

勉強・スポーツは共に最下位レベル

Children Studying Book Reading - Free photo on Pixabay (495735)

山田容疑者が通っていた中学校は、昔ではよくあるマンモス校であり同級生が500人近くいます。そんな中学校の同級生に話を聞いたところ、全員が口を揃えて同じことを話しています。

中学生時代の山田容疑者は、成績は下から何番目かで勉強もダメで、話すのもしどろもどろで舌ったらずでダメ、運動も全くダメだったと話しています。

女の子との浮いた話があるわけでもなく、そもそも山田容疑者は暗くて話すのが下手なため、モテるタイプではなかっとのことです。かといって、不良グループに入っていたわけでもなかったが、とにかく自分より弱い奴を見つけるといじめるといった行動をよくしていたとも話しています。

中学時代から窃盗・傷害事件などを起こす

Camera Backpack Theft - Free photo on Pixabay (495738)

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