2019年6月14日 更新

宇都宮病院事件の詳細!病院の劣悪な入院環境と院長石川文之進について

報徳会宇都宮病院での劣悪な環境と看護職員による殺人事件によって、現在の精神保健法制定へつながりました。その宇都宮病院事件とはどんなものだったのでしょうか。当時の精神病院の実態や、事件の詳細とその後について説明していきます。

宇都宮病院は患者をコントロールするために患者から通帳を預かっていました。その預かっていたお金をどんぶり勘定していて、実際には3300万円も不足していました。また生活保護患者の受け入れについて、看護料を自治体に不正に請求し、その結果1億円を騙し取り、有印私文書偽造・同公使・詐欺の罪と問われました。

東大医学部との癒着

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東大医学部の医師たちは報徳会宇都宮病院と共同研究を行っていました。宇都宮病院を使い数多くの論文を発表しています。東大医学部は宇都宮病院から謝礼や研究費用を受け取っており、宇都宮病院は東大医学部に謝礼や研究費用を渡す代わりに非常勤医師の数を水増しする子が出来て、さらには東大というブランドで病院の見掛けの格上げを行うことが出来たのです。

東大医学部は宇都宮病院との癒着により、閉鎖病棟内で何が起きているのか把握していましたが黙しています。事実、症例検討会を録音したテープには宇都宮病院での虐待について触れられている場面が確認されています。
1984年4月18日、朝日新聞は、「宇都宮病院の“出先診療所”東大医長ら深く癒着」との見出しで、宇都宮病院 と東京大学医学部との癒着を報道。報道によると東京大学医学部は、科学研究費で購入したコンピューターを、 1981年3月11日に報徳会が東京大学赤門前本郷通りに開設した「報徳会本郷神経クリニック」内に持ち込み学内の 回線とつないでいたといいます。

また、東京大学の教員が、非常勤での在籍、症例検討会への出席、脳研究、精神鑑定 などで宇都宮病院に関与をしており、少なくとも医学部脳研究施設、医学部保健学科精神衛生学教室、大学病院精神科外来=精神科教 室会議、大学病院分院精神科の4つの派閥が宇都宮病院との癒着があったと伝えらています。

事件発覚までの院内死

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患者の死亡者数は、1981年からの3年間で222名と多く、その死亡した患者の中で少なくとも6名が、暴力による死亡の疑いが持たれていました。

事件の背景にあった精神病院の実態

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現在と当時の精神病院での実態は、異なります。事件当時に精神病院の実態は、どんなものだったのでしょうか。

精神病院の増加

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戦後、「精神衛生法」という国の精神医療と精神保健施策の基準となる法律が定められました。しかし明治時代に制定された「精神病院法」による患者の隔離収容主義をそのまま引き継いだものでした。そのため、精神科診療は特殊なもので、精神障害者を「収容」してもらうために、精神科病院に対する国の財政的助成も制度化されました。結果として私立の精神科病院が盛んに作られるようになりました。

当時の日本の精神科病院の状況を、日本医師会の武見太郎会長は「精神医療は牧畜業だ」と述べています。当時の日本の精神科医療は、低レベル医療であり、精神科医としての実力が伴わない医師でも、精神科病院を経営することが可能な状況だったのです。
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無論、こうした現状への批判や警告がなかったわけではありません。1968年(昭和43年)にはWHOが、日本の精神医療に対して「過剰収容による利益追求が大きな人権蹂躙につながる恐れがある」という勧告を、日本国政府に対して出しています。翌1969年(昭和44年)にも 日本精神神経学会理事会は「精神病院に多発する不祥事件に関連し全学会員に訴える」という声明を発表しています。

日本精神神経学会は、1975年(昭和50年)にも精神外科を否定する決議、および、入院患者の通信・面会の自由に関する決議を行っていますが、こうした批判とは裏腹に、精神医療の現場の劣悪さは遅々として改善が進まなかった現状があります。

医師や看護師の人員不足や知識不足

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1981年(昭和56年)、宇都宮病院の人事制度が大幅に変更。45歳で昇給を停止し、55歳で定年退職となりました。この人事制度変革は、人件費の圧縮はもとより、職員に自己都合退職させることを意図しています。そして、それによって生じた欠員の補充は、賃金の安い若年労働者を雇用することで補おうとする方策であり、本事件が明るみに出た1984年の人件費率は26%で、一般的な私立精神科病院の半分でした。
宇都宮病院では、1960年代末から看護長やケースワーカーなどによる無資格解剖が日常的に行われるようになり、解剖をして取り出した患者の脳をホルマリン漬けにして、研究用として東大医学部の医師たちに提供をすることもしていました。また、経験のない無資格の看護職員を積極的に雇い入れ、適切な教育や訓練を施すことなく勤務させていました。

「患者になめられるな。言うことを聞かないと殴ってもいい」とも教えられ、暴力的行為が嫌な場合には解雇されてしまいました。そのため、患者の扱いはますますひどく、そして暴力的なものになっていったのです。人件費の圧縮とともに、人材・知識不足は慢性化し、モラルのない病院となっていったのです。

精神病院の利率のよさ

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1958年(昭和33年)10月2日の厚生省事務次官通知によって、精神科の場合、一般診療科に対して医師数は約3分の1、看護師数は約3分の2を基準とする特例基準が認められました。そして10月6日の医務局長通知では、事情により「その特例基準の人員数を満たさなくともよい」ということにもなりました。大変な特別扱いです。

要するに、精神科診療は一般診療科を運営するより人件費を抑えられることになるのです。そして、行政命令によって強制入院させる措置入院の国庫負担率も5割から8割に引き上げられ、精神科病院の経営がさらに有利となりました。

こうした精神科医療への特別待遇は、日本の政府と社会の中に精神障害者に対する根深い偏見と差別があり、患者の隔離収容主義が容認されていたことによって可能となったのです。

宇都宮病院事件発覚の経緯

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悲惨な事件だった宇都宮病院事件ですが、発覚した経緯とはどういったものでしょうか。

入院患者の告発

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当時の精神科病院は閉鎖性が強かったことで、こうした看護職員による患者暴行死事件は公にはなりませんでした。宇都宮病院事件は、宇都宮病院に入院していた画 家の安井健彦が退院したことを機に発覚したものです。 1978年3月25日、安井は岐阜県の大湫病院から栃木県の宇都宮病院へ転院しました。安井によると、宇都宮病院は徹 底した看護職員による管理が敷かれ、従わない者には容赦なく暴力が加えられていたため、入院者らは簡単に脱走という手段を選べない状況でした。
脱走は困難と認識した安井は、看護職員に従いながら宇都宮病院の告発を考えました。これまでもリンチ殺人は行われていたが、密 室でおこなわれ証人も殺人に加担した加害者くらいであるため、立証に困難を極めます。そこで、安井は入院中に 直井という信用できる入院患者に「誰が、何日の何時に、何処で、どのように、何の理由で、誰と誰によって殴り 殺されて、その確実な目撃者は誰と誰かを、この信用の出来る配膳から聴いて来るのだ」と命じました。

そして、1983年4月25日、直井は前日の午後4時の夕食時、残した食べ物を捨てたことを理由に小島惣一郎という入院患者 が看護職員の萩原、石川及び配膳長の橋本に鉄パイプで殴られ午後8時ごろに死亡したことを掴み、安井に報告しました。

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