2019年7月22日 更新

奈良県月ヶ瀬村中学生殺人事件の動機や原因となった村の風習

奈良県で当時中学生だった浦久保充代さんが殺害された事件は、犯人が村八分にされていたことが原因だとして話題になりました。犯行の動機や村の風習、現在の月ヶ瀬村についてご紹介します。また犯人がどのような差別を受けていたのかについても見ていきましょう。

目次

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件とは?

Thought Idea Innovation - Free photo on Pixabay (498404)

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件は1997年に発生した殺人事件です。当時13歳の女子中学生が殺害され、被害者と同じ月ヶ瀬村に住む当時25歳の男が逮捕されました。

犯行の動機が村人たちから差別を受けていたことだっため世間から注目を集める事件となりました。事件の詳細や村八分について、裁判の行方などを見ていきましょう。

日本各地で未だに村八分は起きているため人ごとの事件ではありません。

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件詳細

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事件は1997年に奈良県で発生しました。当時13歳の女子中学生が行方不明となり、通学路でタイヤ痕や血痕が見つかったことから当初はひき逃げ事件として捜査されました。

後に丘崎誠人が略取誘拐の容疑で逮捕されますが、事件を起こした原因を探るうちに村八分や差別の実態が明らかになります。被害者の遺体は犯人が自供を始めたことで見つかりました。

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の詳細を見ていきましょう。

女子中学生が行方不明となり捜索

Wedding Foreign Canada - Free photo on Pixabay (498409)

1997年5月4日、当時13歳だった浦久保充代さんが卓球大会の帰りに行方不明となりました。浦久保さんは月ヶ瀬村に住む当時中学2年生の女子生徒です。

村人や警察が通学路を捜索した際にガードレールに血痕が付着し、道路にはタイヤ痕が残されているのを見つけたことから事件に巻き込まれた可能性が浮上しました。

近くの公衆トイレからはジャージと血だらけのダウンベストが発見され、村道の横を流れる川からはスニーカーが見つかりました。

ひき逃げ事件として捜査

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ガードレールに付着していた血痕と道路のタイヤ痕からひき逃げ事件の可能性が高いとして警察は捜査を開始します。聞き込み調査を続ける中で当時25歳だった丘崎誠人が容疑者として浮上しました。

現場に残されていたタイヤ痕に近い大型の車である三菱のストラーダを乗り回していたからです。警察やマスコミは丘崎をマークしていましたが、マスコミのインタビューを受けるなど堂々とした振る舞いをしていました。

インタビューでは身の潔白を主張して、村人たちによる捜索にも自ら加わりました。

略取誘拐の容疑で丘崎誠人を逮捕

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7月25日に警察は略取誘拐の容疑で丘崎誠人を逮捕します。売却された丘崎の車の後部座席から血痕が発見され、DNAが被害者のものと一致したからです。

道路に残されていたタイヤ痕も一致しました。また、公衆トイレで発見された被害者のジャージに付着していた毛髪が丘崎誠人と同じAB型であることもわかりました。

逮捕当初は容疑を否認していましたが8月1日あたりから犯行を認めるようになりました。認めた理由としては証拠を突き付けられたことや刑事に諭されたこと、別の事件で捕まっていた犯人に説得されたことなどがきっかけではないかと言われています。

浦久保充代さんの遺体発見

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8月1日から自供を始めたことで行方不明のままだった浦久保充代さんが遺体で発見されました。見つかったのは三重県上野市の山中で遺体はすでに白骨化していました。

遺体発見後も連日多くの報道がなされ事件は日本中から注目を集めることになります。逮捕時の丘崎はTシャツに短パン、サンダルを履いたラフな格好でマスコミを威嚇するように吠えていたことが余計に世間を賑わせました。

ワイドショーでも連日事件のことが報道されました。逮捕前には丘崎に独占インタビューを申し出るマスコミがたくさんいたと言われています。

浦久保充代さんの殺害方法

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被害者となった浦久保充代さんは丘崎誠人と同じ地区に住んでいた中学2年生で、犯人とは顔見知りの関係でした。背後から車で衝突され首を絞められた後に撲殺されています。

遺体は三重県上野市の山中に遺棄されました。殺害の経緯を詳しく見ていきましょう。

背後から車で衝突

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車を運転している時に浦久保充代さんが道を歩いているのを見つけ、丘崎誠人は「乗って行くか」と声をかけました。しかし無視されたため、逃げるように早足で歩き始めた被害者の背後から時速30キロの車で衝突しました。

丘崎の家族は以前から村八分にされていて差別を受けていたので村人に対する恨みがあり、親切心で声をかけたにもかかわらず声を発することもせずに無視した被害者への憎悪と恨みが交差して犯行に及んだのです。

その後、意識が朦朧としていた被害者を連れ去り首を絞めましたが絶命しなかったため公衆トイレ付近にあった石で殴打して殺害しました。

伊賀上野郊外の山中で殺害

Forest Trees Sunbeam - Free photo on Pixabay (498422)

殺害した後は10キロほど離れた三重県上野市の山中へ遺体を遺棄しました。浦久保充代さんの死因は頭蓋骨骨折による脳挫傷でした。

丘崎は自供した際に大きめの石で顔や頭を殴ったと語っていることから強い殺意があったと推測することができます。供述では犯行がばれたら家族の住むところがなくなってしまうと思ったと話しています。

犯行に至った理由は村から度々差別を受けていたことで鬱憤がたまっていたためだと主張しました。月ヶ瀬村は奈良県ですが三重県と京都府にも隣接しているため三重県の山中に遺棄したと見られています。

犯行後の行動

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