2019年9月23日 更新

勝田清孝事件の詳細や裁判の様子!史上最悪の連続殺人事件の真相とは

勝田清孝という人物をご存知でしょうか。勝田清孝は、日本でも最悪な連続殺人犯です。ここまでは勝田清孝がどういった犯罪を行って史上最悪と言われいるかなど紹介します。生い立ちや連続殺人事件の詳細や逮捕されてからの裁判の様子なども紹介していきます。

目次

そして、1982年10月27日午後9時頃、勝田は名古屋市千種区で、愛知県警千種警察署に電話をかけます。この時は、「木下」という偽名を使って電話をします。その時、同署経由で派出所に電話つながれます。

対応したのは、パトロールを終えて派出所に戻った直後の被害者の巡査でした。その電話で勝田は、「派出所前を東に突き当たったところに盗難車っぽい、青いクラウンがあるから調べに来て欲しい」という内容の電話をしました。そして、午後9時25分頃にも「早く来て欲しい、不審者もいる」という電話をしています。

このとき勝田の年齢は、34歳でした。

警察官を襲撃、拳銃を奪う

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その電話での通報を受けて、当時33歳だった愛知県警千種署の田代北派出所で勤務をしている巡査が徒歩で現場に現れました。しかし、巡査が辺りをある程度捜索しましたが、不審者はいませんでした。

なので巡査は、近くに停めてあったクラウンのナンバーを控えて、勤務場所に戻ろうとしました。しかし巡査が戻ろうとしたとき、突然、クラウンに乗っていた勝田が巡査を車ではね飛ばしたのです。完全に警察を襲うために待ち伏せをしていたという事です。

警察官は失明寸前の大けが

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勝田が、不審者がいるという通報をしてまで待ち伏せしていたのでは、警察官の拳銃が欲しかったのです。そして、勝田は、巡査を車で轢いたあと、車を降りて巡査に声をかけにいきます。

声を掛けにいく振りをして、巡査が所持していた鉄棒で頭部を殴る暴行を加えます。殴られた巡査は、左顔面陥没などの重傷を負わされます。その上で、巡査が腰につけていたサックから、実弾が5発入っている回転式拳銃・ニューナンブ38口径を奪って逃走します。

当然重症を負っている巡査は気絶してしまいます。その後意識が戻ったときには、目が全く見なかったそうです。被害者の巡査は両眼を負傷し、失明寸前まで陥りました。しかしその後、奇跡的に完治することが出来ました。職場への復帰も果たせました。

勝田清孝逮捕の過程

Police Arrest Detention - Free photo on Pixabay (634527)

流石に、警察官を襲撃したとなれば警察も躍起になっていて、犯人を探します。勝田が捕まるのも時間の問題です。それに、毎回犯罪を冒していて、毎回上手くいくはずもありません。必ず逮捕される時がきます。

ついに勝田にもその日がやってきます。逮捕される過程を追ってみましょう。

男性を襲撃したが失敗、現行犯逮捕

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勝田は、警察の襲撃事件後もすぐには捕まる事はありませんでした。逮捕されない事をいいことに滋賀・静岡・愛知・岐阜・京都などの各府県内で、警察官を襲い、拳銃を強奪します。

そんな中、ついに1983年1月31日、当時34歳になった勝田は、名古屋市昭和区付近のとある銀行支店に入ってくる客をターゲットにします。たまたまこのときターゲットにされてしまったのは、預金102万をおろして帰宅しようとした男性でした。

勝田は男性に実弾が3発入った拳銃を突きつけてます。しかし、不意を突かれて取っ組み合いになります。その騒ぎを聞きつけた銀行員らに取り押さえられ、強盗致傷容疑で現行犯逮捕されます。

113号事件と養老事件の犯人と断定

Man Jail Arrest - Free photo on Pixabay (634544)

この際に持っていた拳銃は、なんとあのニューナンブ38口径でした。上記の巡査襲撃で使われたものと一致します。これにより、勝田は113号事件の犯人と断定されます。

また、他のところで押収された拳銃は、千種区内で襲撃された警察官の拳銃と登録番号が一致することになります。それにより、以前引き起こした養老事件の犯人も勝田であると断定されます。この逮捕で2つの事件の犯人が判明し、逮捕されたという訳です。警察もさぞ驚いたことでしょう。

強盗致傷・窃盗の罪で起訴

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勝田は、今回現行犯での逮捕だったので警察では立件が容易でした。当時逮捕された段階ですでに沢山の事件を引き起こしているだろうと睨んだ警察は、様々な事件解決のため、迅速な対応が求めらる必要があると判断します。

そのため、この間の銀行での強盗致傷・窃盗の罪の各罪状で名古屋地方裁判所に起訴しました。警察は当初、勝田が逮捕してから第1回拘置期限が近づいており、さらに10日間の拘置延長を検討していました。

再逮捕後、その他の罪も起訴

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銀行での強盗致傷・窃盗の罪での逮捕後、愛知県警特捜本部はこの同日中に、勝田を警官襲撃の罪と、拳銃の強奪事件の強盗致傷・窃盗容疑で再逮捕します。

その上で、他の銀行での強盗事件など、ほか数件の強盗事件も勝田の犯行ではないかという推測してさらに取り調べを進めました。その取り調べの期間はなんと、452日間にも上ったそうです。これは愛知県警本部においては、史上最長記録になったそうです。

その他取り調べが全て終了し、勝田は愛知県警本部から名古屋拘置所に身柄を移送され、死刑執行まで余生を同拘置所で過ごすことになります。

刑事裁判の経過と結果

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逮捕された勝田は、今後は、刑事裁判が待っています。その刑事裁判でどういった事があったのか、紹介していきます。

33の罪状で起訴

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第一審は名古屋地裁で、勝田は強盗殺人罪など合計33の罪状で起訴されました。しかし、日本に存在する併合罪の規定により、起訴事件とは別の窃盗事件では執行猶予判決を受けます。

1981年1月を境に、強盗殺人7件を含む17件の犯罪と、執行猶予判決後の殺人1件を含む113号事件と分離されてた判決が言い渡されました。逮捕された当時は、凶悪な犯人が逮捕されたということもあり、裁判の行方など関心は強く集まっていました。

1983年に初公判

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