2019年8月12日 更新

幽霊船は実在する?実際にあった目撃情報や幽霊船の正体とは

昔から存在するとささやかれてきた幽霊船。多くの目撃情報とは裏腹に、その姿は未だ捉えられていません。怪談としても有名な幽霊船は実在するのでしょうか?幽霊船にまつわる実話、そして日本で幽霊船と言われる船のことまで、幽霊船にまつわることを丸ごと紹介します!

幽霊船の実話や目撃情報

Ship Sailing Vessel Old Pirate - Free image on Pixabay (543469)

古くからその存在は知られていたものの、映像や写真として証明されていない幽霊船。心霊現象などに興味のない人でも、大人気のシリーズ映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」に登場するフライング・ダッチマン号を知っている人は多いのではないでしょうか。

幽霊船と言われている船の誕生から幽霊船になった経緯、また目撃情報まで丸ごと紹介します!

また、船が遭難することにも関係していると言われている怪現象多発地帯「バミューダトライアングル」に関する記事はこちらから。

幽霊船とは?

Moon Sea Full Light - Free photo on Pixabay (543471)

幽霊船と聞いてどんな船を想像しますか?誰もが耳にしたことはある幽霊船ですが、実際に目にした人の数は少ないはず。まずは幽霊船の定義を説明します。

幽霊船とは?

Ship Shipwreck Adventure - Free image on Pixabay (543474)

幽霊船とは幽霊が操縦する船のことで、仕組みや存在は科学では証明できませんが、その姿は世界中の海で目撃されています。幽霊船は一般的に船体がボロボロ、乗客や乗組員はおらず無人、沈没することなく海上を彷徨っている、という特徴があります。

海の沖合で船乗りによって発見・目撃されることがほとんどで、海賊船と見間違えられることも多く、そのことを逆手に取った海賊が幽霊船のふりをして海賊行為をするという事例もありました。

幽霊船の出現パターン

Thunderstorm Clouds Flashes - Free photo on Pixabay (543483)

次に幽霊船が出現するパターンを紹介します。幽霊船は主に、夜出現すると言われています。日中はあまり出現しない(つまり目撃事例が少ない)のですが、霧がかかっている時は例外で、日中でも現れるとされています。特に夜明けの明るくなり始める朝霧が発生している時間帯は、幽霊船の目撃情報が多いです。

また、19世紀を代表するドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」の題材となった幽霊船は、アフリカの喜望峰で何度も目撃された幽霊船のことで、パイレーツ・オブ・カリビアンのフライング・ダッチマン号のモデルとされています。

日本の怪談

Ghost Halloween Horror - Free photo on Pixabay (543485)

日本でも幽霊船にまつわる怪談は多数存在します。ただ日本の怪談では、水難事故や海での不慮の事故などで命を落とし、この世に未練を持った船幽霊という怨霊が、船という形で現れたものを幽霊船と呼びます。

こういった船幽霊もしくは幽霊船は、江戸時代の怪談に登場したことで有名になりました。名前も場所によって異なり、特に山口県や佐賀県で呼ばれている幽霊船は「アヤカシ」という名で呼ばれています。また、怨霊として出現する船幽霊は、火の玉や海坊主といった別の形で現れることもあるとされています。

これらさまざまな形態を持つ日本の幽霊船・船幽霊は、船を沈没させることを目的としているとされ、日本では古くから怖れられてきました。

世界一有名な幽霊船「メアリー・セレスト号」

Sea Ocean Boat - Free photo on Pixabay (543488)

世界には一番有名とされる幽霊船が存在します。その名も「メアリー・セレスト号」です。1872年に出航し、同年に漂流しているのを発見されたメアリー・セレスト号は現代に至るまで、乗組員が行方不明であったことをはじめとし、様々な謎を残したままです。

また、このメアリー・セレスト号の海難事件は、かの有名な推理小説作家コナン・ドイルによって1884年、「J・ハバクック・ジェフソンの証言」という名で小説化され、世間から大きな注目を集めました。

メアリー・セレスト号の誕生

Galaxy Space Universe Night - Free photo on Pixabay (543490)

メアリーセレスト号は、全長103フィート(約31メートル)、282トンの2本マスト(帆)のある船のことで、1861年にノバスコシアのスペンサー島で製造されました。製造当時の名前は「アマゾン号」で、所有者が変化した結果、1869年に「メアリー・セレスト号」という名前が付けられました。

そんなメアリー・セレスト号ですが、実は1861年の誕生当時から曰く付きで、建造中には多くの事故が起こったと言われています。真偽は確かではありませんが、最初からメアリーセレスト号は呪われていたと思っていた人も多いようです。

1872年11月7日出航

Oil Painting Boat - Free image on Pixabay (543493)

1872年11月7日、当時38歳の船長ベンジャミン・ブリッグズ率いるメアリー・セレスト号はニューヨークのメッシナ・アッカーマン&コイン社が出荷した工業用アルコール(メタノール)1700樽を載せて、アメリカのニューヨークからイタリアのジェノヴァ港へ向かって出航しました。

船には船長ブリッグズの他に、彼の妻セーラと娘ソフィア、船員7人の計10人が乗っていました。順風満帆に見えた出航から約1ヶ月後に、時代を超えて語り継がれるような未解決海上失踪事件が起こるとは、この時は誰も想像していませんでした。

1872年12月4日発見

Telescope Outlook Distant View - Free photo on Pixabay (543496)

出航から1ヶ月も経たない1872年12月4日、ポルトガルのリスボンから700キロ沖、アゾレス諸島の付近でメアリー・セレスト号が漂流しているのを、航海中のイギリス船ディ・グラチア号によって発見されました。

ディ・グラチア号の船長モアハウスはもともとメアリー・セレスト号の船長ブリッグズの友達で、メアリー・セレスト号の出航前にも一緒に食事をする仲でした。漂流しているメアリー・セレスト号を発見し、不審に思ったモアハウスは何度も無線で呼びかけましたが反応はありませんでした。

そしてモアハウス船長の指示のもと、ディ・グラチア号の乗組員による船の捜索が始まったのです。

船内の様子

Battleship Engine Room Historic - Free photo on Pixabay (543498)

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