2019年8月12日 更新

幽霊船は実在する?実際にあった目撃情報や幽霊船の正体とは

昔から存在するとささやかれてきた幽霊船。多くの目撃情報とは裏腹に、その姿は未だ捉えられていません。怪談としても有名な幽霊船は実在するのでしょうか?幽霊船にまつわる実話、そして日本で幽霊船と言われる船のことまで、幽霊船にまつわることを丸ごと紹介します!

世界では数々の幽霊船の目撃情報が報告されています。実在すると言われている世界の幽霊船にまつわる実話を紹介します。

シー・バード号

Dawn Papierschiff Ship - Free photo on Pixabay (543527)

1750年、アメリカのロードアイランド州はイーストンビーチに一隻の船が漂着しました。放棄された状態の船は無人でしたが、生きた犬と猫が複数いました。その船は調査の結果、ホンジュラスを出港しニューポートに寄港する予定だった「シー・バード号」であることが分かりました。

船内のストーブは火がついたままで、その上ではコーヒーが湧いており、テーブルには食事の準備が整っていました。それだけでなくタバコの香りまで残っている船内の様子から、ついさっきまで人がいたことが想像されましたが、救命ボートは無くなっていました。

その後の捜索も虚しく、乗客も救命ボートも見つからないまま捜索活動は終了しました。

レゾルベン号

Ship Boat Wave - Free photo on Pixabay (543528)

1884年8月、ウェールズとカナダ間を航行する貨物船「レベルゾン号」は、漂流しているところをイギリス軍によって発見されました。レベルゾン号に何度か合図を送りますが無反応だった為、イギリス軍はレベルゾン号に乗り込みます。

船内のテーブルには用意された食事があり、キッチンは火が点いたままの状態でした。これから食事をするような様子にも関わらず、船内には乗客も乗組員いないという不思議な状態のレベルゾン号には争った形跡は無いものの、金貨と救命ボートは無くなっていました。

その後乗客も救命ボートも見つかることなく、何が起こったのかは謎のままです。

キャロル・ディアリング号

Sailing Boat Ocean Open Water - Free photo on Pixabay (543529)

1919年に製造された貨物船「キャロル・ディアリング号」は、1921年アメリカのノースカロライナ州のハッテラス岬沖で座礁しているところを発見されました。ハッテラス岬沖はハッテラス岬から広がる巨大な浅瀬となっていて、海難事故の多発地帯でした。

キャロル・ディアリング号は放棄された状態で無人でした。航海日誌も救命ボート2隻も無くなっていたキャロル・ディアリング号は原因究明の中、ハリケーンの被害にあった説、海賊に襲われた説が囁かれましたが、最も合理的とされた説は船員による暴動説でした。

しかしこの暴動が確実に起きたという証拠は見つからなかった為、真実は現在に至るまで迷宮入りしたままです。

バレンシア号

Boat Sail Sailboat - Free photo on Pixabay (543532)

アメリカの蒸気船「バレンシア号」は1906年1月20日、バンクーバー島へ乗員157人を乗せて出港しました。往路は順調でしたが、バレンシア号は復路の悪天候から座礁しました。

救助も虚しく助かったのは37人で、救助の際に使用したバレンシア号の救命ボート5隻のうち1隻は乗客を乗せたまま発見されませんでした。その後バレンシア号は大波に襲われたことで損壊し、沈没しました。

そんな不運な事故から27年後の1933年、ブリティッシュコロンビア沖で、行方不明だったバレンシア号の救命ボート1隻が発見されました。救命ボートの塗装は綺麗なままで、27年間も漂流していたとは思えない状態でした。バレンシア号の目撃情報はその後多数報告されています。

ジョイタ号

Husavik Iceland Port - Free photo on Pixabay (543533)

1931年に製造された大型ヨット「ジョイタ号」は、1955年に船員・乗組員20人を乗せてサモアのアピア港を出港した後姿を消し、同年11月に発見されました。ジョイタ号は壊れておらず、まだ航海出来る状態でした。

船内は無人でしたが、乗客の荷物などはそのままでした。その後も乗員は全員行方不明という謎の多さからこの事件は「太平洋のメアリー・セレスト号事件」と呼ばれました。しかし、このまま何の手がかりもないままかと思われる中、1959年1月、ニュージーランドに一本の瓶が漂着しました。

瓶の中には「奇妙な何かが私たちを連れ去ろうとしている」と書かれたメモが入っていて、これがジョイタ号の乗客が書いたものではないかと推測されました。瓶のメモから宇宙人による連れ去り説が浮上しましたが、真実は分かってません。

ベイチモ号

Boat Marine City - Free photo on Pixabay (543534)

1914年にスウェーデンで製造されたベイチモ号は、全長70.15メートル、総重量1.322トンの鋼鉄製蒸気貨物船でした。1931年に貨物を乗せたベイチモ号は海上の氷に取り囲まれ、身動きが取れなくなりました。氷に閉じ込められた状態のベイチモ号の船員は船を放棄することを決意します。

放棄された船は沈没することはなく、その後数十年にわたり乗組員のいない無人のベイチモ号は何度も目撃されましたが、1969年の目撃情報を最後に姿を消しました。

オーラン・メダン号

River Kwai Thailand Boat Trip - Free photo on Pixabay (543535)

1974年6月、インドに航海中のオーラン・メダン号からの信号を近くを航海中のシルバースター号が受信しました。信号の内容は「乗組員全員死んだ。ブリッジなどに死体が横たわっている。私も間も無く死ぬだろう」というものでした。

緊急事態と判断し救助に向かったシルバースター号の船員がオーラン・メダン号に乗り込んで発見したものは、大量の死体でした。死体に外傷はありませんでしたが、さらなる調査をしようとしたところ貨物室で爆発が起こったため断念。オーラン・メダン号は大量の死体とともに沈没しました。

ハイ・エイム号

Sailing Vessel Ship Sea - Free photo on Pixabay (543537)

中国籍の漁船「ハイ・エイム号」は2002年10月、台湾のソウチウ港を出港しました。その後行方不明となり、2003年1月にオーストラリア近くの海上を漂流しているところを発見されました。

船内は無人で争った形跡はなし、食料はそのままでした。ハイ・エイム号発見から10日後、この船の生き残りが2人発見されました。2人は「船長とエンジニアが全員を殺害し、生き残った自分たちは中国に戻った」と証言しましたが、殺害を犯したとされる船長は発見されませんでした。

カズ2号

Ship Boat Ocean - Free image on Pixabay (543538)

全長12メートルのカタマランヨット「カズ2号」は2007年4月14日、アメリカのクイーンズランド州を出港後、オーストラリア西部へ向かいました。しかしその2日後の4月16日、乗組員のいない無人のカズ2号が漂流しているのがクイーンズランド沖で発見されました。

ヨットの帆は切り裂かれ、エンジンはかかったままでした。船内のテーブルには食事の支度がされており、順調だった航海中に不測の事態が発生したと推測され、捜索活動が始まりましたが乗組員を発見することは出来ず、真相は謎のまま2007年5月4日に捜査は打ち切られました。

リュボーフィ・オルロワ号

Boat Sailing Mirroring - Free photo on Pixabay (543539)

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