2019年8月16日 更新

フリッツル事件の概要とその動機!事件のその後と子供たちの現在は?

この『フリッツル』という男の顔を知らない人はいないほど「人間じゃない」「動機はなぜ?」と、海外ではおぞましい『フリッツル事件』の犯人として有名です。未だに「その後の現在どうなっているの?」「子供たちは?」と定期的にマスコミで特集が組まれています。

目次

娘のエリーザベトの突然の行方不明の原因が、自分の夫であるヨーゼフが企て実行していたものだということに、エリーザベトの母であり夫であるヨーゼフの妻であるロゼマリアは、本当に気がついていなかったと信じられるか?とは、未だに謎に包まれていることの一つです。

人は「真実ではなく信じたい方を信じる」と言います。ロゼマリアは、真実を知っていましたが信じたくなかっただけなのでしょうか?それとも、本当に24年もの間に起こった地獄絵図のような事件を知らなかったのでしょうか?

地下室には近づけなかった

Hiding Boy Girl - Free photo on Pixabay (556791)

ヨーゼフは「地下室に入るときは、遠隔キーを使って秘密のドアを通らなければ入れないようにしていた」と明らかにしたことから、妻のロゼマリアは地下室で何が行われているのか、ましてやそこに自分の娘のエリーザベトがいるとは思っていなかったはずです。

ヨーゼフは、子供だけにではなく妻にも「恐怖政治」で支配していたので、夫が知らせてくれること以外を詮索すると、後で罰せられていたでしょう。「さわらぬかみにたたりなし」というような感覚です。日本でも「父と母と子供」の関係性からの同じような虐待が明らかにされてきています。

失踪届や警察への対応に不審な箇所は見られなかった

Ghost Girl Gothic - Free photo on Pixabay (556793)

日常生活においては、素の自分を隠しきれるものではありません。ましてや自分が結婚した夫が強姦罪で逮捕されて18ヶ月も投獄されていたのですから、夫の性癖や特徴などは十分に知っていたはずです。

子供と同じように夫の気に触れることをやらかしてしまうと、何らかの虐待を受けていたでしょう。

夫の娘へのレイプのことは知っていても、レイプはレイプという問題で、失踪はまた違う問題です。家族に対して自分がされていたような「絶対政治」で支配していた夫のヨーゼフが、妻と対等に問題を分け合うはずありません。

孫を養子として迎え育て方に不審点がなかった

House Home Mansion - Free photo on Pixabay (556794)

三女のモニカが、父ヨーゼフにより「宗教団体にセクトで共同生活しているエリーザベトに捨てられた」としたとき、地元のメディアが興味を持ち、もちろんヨーゼフからの話をを基に「宗教グループにはまってしまったおろかな娘を持つ不幸な祖父母」という風に記事にし報じました。

フリッツル家の近隣の住民も「7人も子どもを育てたのに、さらに3人の孫まで育てている可愛そうな良い老夫婦」と同情しました。

妻のロゼマリアは孫を不憫に思い、ありったけの愛情を注ぎ大切に育てたので、3人は学校の成績も性格もよい優等生に育ち、福祉サービス担当者も20回以上訪問しましたが、全く疑いませんでした。

エリーザベトが性的虐待を受けていたことを知っていた

Bullying Child Finger - Free photo on Pixabay (556795)

自分の夫が強姦罪で18ヶ月も投獄されていたのですから「そういう男」だとは知っていたでしょうが、恐怖政治で支配されている結婚生活においては「余計なことを詮索すると虐待されるだけ」という心理のほうが働いてしまいます。とにかく虐待されたくない思いで生きている状態でしょう。

娘のエリーザベトが夫のヨーゼフに性的虐待を受けていたことを知っていても知らなくても、妻のロゼマリアに真実を知る勇気はなかったはずです。

ヨーゼフ逮捕のその後

Guy Man People - Free photo on Pixabay (556796)

世界中から注目を集めることになったこの事件の裁判が行われるということで「ヨーゼフ・フリッツルという男は、結局何がしたかったのだ?」「モンスターの顔を見てみたい」という人やマスコミの報道陣で、裁判所の周りには人が溢れかえりました。

「自分の娘を24年も監禁して性奴隷にして、子供まで産ませてヒーロー面していた男は、どんな形で決着をつけるのか?」連日マスコミを賑わせ、人々の興味はこの家族の一挙手一投足に向けられていました。

2009年3月から4日間裁判が行われた

Lincoln Statue Historic Courthouse - Free photo on Pixabay (556797)

ヨーゼフ・フリッツルの裁判は、2009年3月16日に『ザンクト・ペルテン』でアンドレア・ハマーを裁判長として始まり、4日間行われました。

1日目、ヨーゼフはオーストリアの法律に基づき、この期に及んで青いバインダーの後ろにカメラから顔を隠しながら法廷に入りました。

開廷が宣言されると、全てのジャーナリストや傍聴人は法廷から退出するように促され、すぐにヨーゼフはバインダーを下ろし、殺人と脅迫を除く全ての罪について弁明したのです。

モンスターではないという弁明

Hammer Books Law - Free photo on Pixabay (556799)

ヨーゼフの弁護士ルードルフ・マイヤーは、開廷の挨拶で陪審員に対して「感情に流さず客観的に判断されるように」と要請し「ヨーゼフは、クリスマスの休日には、地下牢にクリスマスツリーを飾るような優しい男で怪物ではない」と説明しました。

主任検察官のクリスティアナ・ブルクハイマーは、最陪審員に対し1m74cmの法廷のドアを示し「地下室の天井がいかに低く、被害者を24年間精神的に圧迫していたか」と訴え、じめじめした地下室から採取したカビ臭い物体を法廷に持ち込み環境の劣悪さを実証し、ヨーゼフに対する終身刑を訴えました。

反省の色は見られなかった

Bag Book Fashion - Free photo on Pixabay (556804)

ヨーゼフは、この期に及んで「私はマスコミが報じているような怪物ではない。簡単に殺すことができたのに食料を与え面倒を見た」「誕生日もクリスマスも祝い、2つの家族に同じように愛情を注いだ」と主張しました。

8人の陪審員は、エリーザベトが警察官や精神科医と交わした11時間に及ぶ会話の記録テープで見ましたが「一度に2時間以上は見ることができなかった」ほど内容は非常痛ましいもので、審理に耐えられなくなった陪審員に備え、4人の補充陪審員が控えていたほどでした。

傍聴席に娘エリーザベトの姿

Woman Sad Depression - Free photo on Pixabay (556807)

裁判では、ビデオの検討の他に、新生児医で精神科医であるエリーザベトの兄ハラルトの証言も行われましたが、ロゼマリアやエリーザベトの子供達は証言を拒否しました。

ヨーゼフの弁護士のルードルフ・マイヤーは、審理2日目に記録テープによる証言が行われていた際、変装したエリーザベトが傍聴席に座っていることを確認し「ヨーゼフはエリーザベトが法廷にいることに気付き、青ざめて崩れ落ちた」と訴え、翌日、ヨーゼフは全ての罪に対する弁明を撤回しました。

終身刑の判決が下される

Portrait People Old - Free photo on Pixabay (556808)

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