2019年9月28日 更新

ウクライナ21の犯人のその後は?事件や流出した殺人ビデオの詳細

ウクライナ21という言葉を耳にしたことがある人はいますか?これはある事件の名前ですが、犯人や出された判決やその後の詳細はどうなっているのでしょう?この言葉自体が「検索禁止ワード」とされているほど、世界中を恐怖に陥れ、影響されたバンドも現れたほどでした。

目次

『ウクライナ21』と呼ばれる殺人事件は、たった1カ月の間に21件もの「全く無関係な」社会的・身体的弱者たちが、突然、判別できないほどに顔をバットなどで滅多打ちにされ、凄惨な暴行も加えられ生きたままなぶり殺しにされた事件です。

亡くなった後も惜しまれ続ける『偉人』と呼ばれる人のために生きた人がいますが、この対極にいるのが『ウクライナ21』の犯人たちでしょう。人はここまで『クズ』になれるのかということを思い知らされた事件でもありました。

ここでは、被害者や殺害方法、事件発覚時の状態などと共に、事件の詳細を時系列で解説していきます。

最初の犯行:2007年6月26日

Hand Fear Despair - Free photo on Pixabay (658666)

2007年6月25日、当時33歳の『キャティヤ・イリチェンコ(Katya Ilyichenko)』という女性が、友人の家に行き、お茶を飲みながらおしゃべりを楽しんでいました。おしゃべりが楽しすぎたのか、時間はあっという間にの深夜になっており「またね!」と家に帰る途中のことでした。

突然!目の前に現れた『ウクライナ21』事件の主犯『サエンコ』『シュプルンヤク』に、四方から顔や頭部をハンマーで滅多打ちされて殺害されました。

キャティヤさんの死体は、家に帰っておらず連絡もつかない娘を探していた母親により、明け方の5時に発見されましたが、もちろん顔は潰れており判別できないほどでした。

第2の犯行:第1の犯行からすぐ

Glass Shattered Window - Free photo on Pixabay (658667)

6月25日深夜、サエンコとシュプルンヤクは『キャティヤ』さんの顔や頭を、笑いながらハンマーで滅多打ちにして誰かわからない見た目にして殺害した直後、近所の公園のベンチで寝ていた33歳の『ロマン・タタレヴィチ(Roman Tatarevich)』という男性という『獲物』を発見します。

ロマンさんも、キャティヤさんと同じ様に執拗に顔をハンマーで滅多打ちにされ、ベンチで亡くなっているところを、26日に発見されました。

第3の犯行:7月1日

Hand Woman Female - Free photo on Pixabay (658668)

『ウクライナ21』事件の主犯『サエンコ』と『シュプルンヤク』は、キャティヤさんとロマンさんの顔や頭部を、原型を留めないほどいきなりハンマーで滅多打ちにして殺害した約1週間後、また同じ様な事件を起こしました。

ドニプロペトロウシクの路上で『ユージン・グリシェンコ』さんと『ニコラス・サーチェク』の2人の遺体が発見されたのです。身につけていた高価なイヤリングは盗まれておらず、被害者の携帯電話が盗まれていたことから「金銭目的の犯行ではない」ということがわかりました。

警察は、一連の事件があまりにもグロすぎて情報の公開を控えていましたが「非常に危険な犯人である」と判断し、この事件の犯人を『ドニプロペトロウシク・マニアックス』=「ドニプロペトロウシクの狂人たち」と名付け、付近に住人に危険な情報を公開したのです。

第4の犯行:7月6日

Violence Against Women Don'T Look - Free photo on Pixabay (658670)

ドニプロペトロウシクの街に「ドニプロペトロウシクの狂人たち」のことが知らされた数日後の7月6日深夜、ナイトクラブから帰宅途中であった退役したての軍人『イゴール・ネクヴォロダ』が殺害され、翌日、ボフダン・フメリニツキー通りのアパートの近くで変わり果てた姿で発見されました。

そして、28歳の夜間警備員『エレナ・シュラム』が殺害され、コシオラ通りの角で発見されました。

同じ日に、障害を持つ夫と3人の子供を持つ母親『ヴァレンティナ・ハンザ』まで殺害されたのです。

第5の犯行:7月7日

Oppression Women Violence - Free photo on Pixabay (658671)

「ドニプロペトロウシクの狂人たち」の犯行はいずれも人目につきにくい深夜に行われていましたが「世間の反応をさらに煽りたい」と言わんばかりに、白昼堂々と行われ始めました。

2007年7月7日、地元で自転車に乗って釣りに行こうとしていた『アンドレイ・シダック』と『ヴァディム・リャオフ』が、道の途中で突然!ハンマーで襲われ、自転車ごと倒されました。アンドレイはそのまま意識を失いましたが、ヴァディムはなんとか起き上がり自転車で逃げだす事に成功しました。

アンドレイのことが心配で、すぐに現場に戻ったヴァディムは、血まみれになって倒れていますが息があるアンドレイを発見します。通りすがりの車により助けられ病院に運ぶことができましたが、アンドレイは息を引き取りました。

第6の犯行:7月12日

Anger Fight Male - Free vector graphic on Pixabay (658674)

街の反応を面白がるように、もっと煽るように人目につかない深夜から、日中の犯行に切り替えた「ドニプロペトロウシクの狂人たち」の主犯の2人は、7月12日に日中、48歳のオートバイに乗った男性『セルゲイ・ヤツェンコ』さんという『獲物』を発見しました。

この時に森の中でビデオ撮影された殺害の映像が、全くのモザイク処理無しでネットに出回り『閲覧注意動画』とされる『3guys 1hummer』と呼ばれるもので、現在でもその映像を見ることが出来るようになっています。

「ドニプロペトロウシクの狂人たち」の主犯の2人は時折笑いながら、森の中でセルゲイさんをハンマーで執拗に滅多打ちにし、アイスピックで目や顔や内臓を滅多刺しにしながら殺害している様子をビデオに収めました。

7月12日~14日

Illustration Stalking Violence - Free photo on Pixabay (658676)

7月12『3guys 1hummer』事件~14日の3日間で「ドニプロペトロウシクの狂人たち」は、より残忍な方法で毎日2人ずつ殺害し始めました。

7月14日、スクーターに乗って、雑木林を通り抜けようとしていた『ナターリア・ママルチュク』さんが、突然ハンマーを持った2人の男によって顔をフルスイングされ、そのまま倒れた後に滅多打ちにされて殺害されました。

突然ハンマーや鉄パイプなどで『獲物』たちの顔や頭部をフルスイングすることに変わりはありませんでしたが、その後に手足を切断し始め、目玉をくり抜いたりしていました。信じられないことに、妊婦まで襲い子宮を引き裂き、無理やり胎児を取り出していました。

事件の捜査

Squad Car Police Lights - Free photo on Pixabay (658679)

『ウクライナ21』の犯人「ドニプロペトロウシクの狂人たち」は、腐りきった若者による「快楽殺人」であったために、なかなか犯人の全貌が見えていませんでした。

しかし、友達と釣りに行く途中で襲われ、地元であったために土地勘があり、犯人らにさんざん追いかけられながらも命からがら逃げることができたひとりの少年『ヴァディム・リャホフ』がこの事件の流れを大きく変えました。

ここでは犯人らの逮捕に至るまでの経緯について詳しく解説していきます。

最初の容疑者はヴァディム・リャホフ

Handcuffs Black Criminal - Free photo on Pixabay (658683)

警察は、当初「犯人はヴァディム・リャホフ」と疑っており、話を聞き辻褄を合わせるなどの取り調べをしていました。

しかし、犯行の手口は「ドニプロペトロウシクの狂人たち」による新たな猟奇的殺人事件と断定され「ヴァディム・リャホフが「ドニプロペトロウシクの狂人たち」の一員である可能性は薄い」と判断されました。

そして、捜査が前進したことを知らぬ存ぜぬと面白がるように、7月12日に『3guys 1hummer』事件が起き、一連の猟奇殺人事件はより残忍な方法に変えられ犠牲者が出されていきました。

多くの捜査官を動員

Police Bogota Riot - Free photo on Pixabay (658684)

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