2021年5月14日 更新

チャウシェスクの落とし子とは?チャウシェスク政権後の現在の様子も

1960年代後半、社会主義共和国ルーマニアの国家元首チャウシェスクは人工妊娠中絶や離婚を禁止し、ルーマニアの人口は増えましたが、貧困による育児放棄で子供たちは養護施設に出され、劣悪な環境を飛び出しストリートチルドレンになり、現在どうなっているのでしょうか?

ルーマニアの首都ブカレストは、北海道の北端とほぼ同緯度に位置しますが、年間の寒暖差が大きく、冬の平均気温は-1℃ですが時に-20℃近くまで低下し、夏の平均気温は24℃ですが時に40℃に達する日もあります。施設を飛び出した子供たちは必然的に地下で暮らし始めました。

お金を全く持たない子供たちは、男女問わずに売春でわずかなお金を稼ぎ、食べ物よりオーロラック(Aurolac)という1袋85円のシンナーを吸ったほうが手っ取り早く空腹を紛らわせると知り、そこからドラッグ中毒になり、助け合いながら生きる子供たちは注射針を変えないまま同じ注射器を使いはじめました。このことにより、エイズや結核の感染率が一気に高まり、深刻な社会問題となっています。

十分な治療が受けられない

Mountain Village Transylvania - Free photo on Pixabay (553081)

エイズを発症してからそのまま放置すると、末期のエイズになることは簡単です。ですが、物乞いとゴミ漁りの生活を余儀なくされ、オーロラック(Aurolac)という1袋85円のシンナーを嗅いでいると、病院で抗ウイルス剤の処方をしてもらえません。

ナチスによるユダヤ人絶滅政策を「ホロコースト」と呼ばれますが、『ロマ』と呼ばれるジプシーが多いルーマニアには「ポライモス」と呼ばれる人絶滅政策が行われ、アウシュヴィッツ収容所で2万人殺され、今でも根強い差別を受けています。

落とし子は次第に地下へと

Sihastria Monastery Putnei - Free photo on Pixabay (553082)

親に捨てられ、施設でも貧困と暴力による地獄のような生活を余儀なくされた「チャウシェスクの落し子」は施設を逃げ出しますが、もちろん住む家などありません。

男女共に物乞いをゴミ漁りと、売春で生きていくしか選択肢のない「チャウシェスクの落し子」は、北海道の北部と同じ緯度にあり、-20~40℃と寒暖差が激しいブカレストに集まり始めました。また、いつ危害を加えられ殺されるかわからない危険な路上で生活するよりも、地下で暮らすことを選んだのです。

売春行為の横行

Stream Rapids Rumania - Free photo on Pixabay (553084)

「チャウシェスクの落し子」は、もちろん身寄りになる人もいません。全くお金がなく、地下の下水道で暮らし始めることになり、最低限生きていくのに必要なお金を得るために、男女問わず特に西ヨーロッパからの人を相手に売春行為を行い、セックスツアーの観光客からヨーロッパ地域にエイズ患者が急激に増加しました。

観光客側は、後先考えずにコンドームを使用せず、売春している子供らも貧しさからコンドームを購入できないという事情から、爆発的にエイズ患者が増加したのです。さらにこの売春行為は次第に組織化され、組織同士での売春ターゲットの取り合いから殺し合いに発展するなど、違う問題も発生しました。

Bruce Leeという人物

Fantasy Light Mood - Free photo on Pixabay (553088)

世界中の「ヤバい場所」を巡る異色の旅番組『クレイジージャーニー』で、番組の人気リポーター・丸山ゴンザレスが「チャウシェスクの落し子」が暮らし始めたルーマニアの『マンホールシティー』と言う場所に潜入しました。

ここに住むみんなが『ボス』と呼び慕い恐れる人物が、太ももに「下水道の王」とタトゥーを入れた40代の男『ブルース・リー』でした。家族から捨てられた孤児を集め「地下で暮らす人々は皆家族だ」と、家族にもらうべく身の安全とアドバイスを確保したと言われる人です。

性犯罪者から子どもを保護

People Man Adult - Free photo on Pixabay (553089)

日本ではあまり知られていないのですが、ヨーロッパは『性』に対しての考え方が日本とは全く異なります。夏になると男女共に上半身裸で水辺で過ごしたり、サウナでも男女共に殆ど裸で入ったりします。

なので、一言で『売春』と言っても、日本人の想像を遥かに超えた行為がされます。開放的すぎる『性』の感覚を持つヨーロッパでは、逆に日本人の恥じらいの『性』に対する興味は異常なものです。

「チャウシェスクの落し子」に課される『売春』は、子供から大人まで想像を絶するもので、組織同士で命がけで行われたものでしたが「ブルース・リーの傘下のものだ」と言うと、とりあえず身の安全は保証されたのです。

安全な場所の提供

Brothers Family Siblings - Free photo on Pixabay (553090)

ヨーロッパの人の考え方は、日本人とは全く違うと考えてよく、特に東ヨーロッパは未だに『ヒットラー』思考が残り、男性でも夜中に一人で出歩くことは非常に危険です。

日本では、路上生活者が見られる地位域もありますが、「チャウシェスクの落し子」が住むルーマニアのブカレストでは、路上に生活するということは襲われ残虐な暴力を受けて『死』に直結することになります。

気温の差も、夏は40℃になり冬は-20℃になるため『ブルース・リー』が治める地下で暮らすのが幸せに感じられるほどなのです。

父親が薬の売人であった

Thermometer Headache Pain - Free photo on Pixabay (553091)

ブルース・リーの父親が薬の売人であったとは確認されていませんが、捉え方次第ではブルース・リー自体が「チャウシェスクの落し子」たちの父親とされている部分もありました。

しかし、家の無い子、親の居ない子、施設にいる「チャウシェスクの落し子」と呼ばれている子に嘘をついて騙し連れて行き「皆家族だ」と洗脳し、覚醒剤の密売や売春等をさせ、薬物でコントロールし沢山の子供を薬物中毒で殺しているとも言われています。

どしらにしろ組織化していく「チャウシェスクの落し子」にとっては、いなくては生きていけなかったのが『ブルース・リー』だったのでしょう。

地下に暮らす人々とリー

Tunnel Subway Metro - Free photo on Pixabay (553092)

「チャウシェスクの落し子」は、地下の下水道で生活を営み始めました。マンホールタウンの入り口は、ブカレスト市内にある車の通りが多く開けた駅の近くに、襲われにくいように意図的に1人ずつしか入れないように狭く作られています。

地下には電気は通っており、数百人の「チャウシェスクの落し子」がある程度文明的に暮らしていました。この地下帝国の全てをまとめるカリスマ的指導者が『ブルース・リー』です。

彼も「チャウシェスクの落し子」で、3歳の時に両親から捨てられ孤児院で育ったのです。いつも毒々しい服装に身を包み、腕や腹にはタトゥーと、自傷行為による切り傷が刻まれており、同じ境遇の人間に対して親のような優しさを持って接していたそうです。

地下で暮らす人々は皆家族である

Lost Places Keller Elevator - Free photo on Pixabay (553093)

彼は、日本からの取材に対し「マンホールタウンの住人は、麻薬中毒者やマフィアに良いように使われ、暴力を受け奴隷だった。だから俺がマフィアと喧嘩しこいつらの地位を上げた」

「マンホールタウンの住人は、ほとんどが孤児院の出身で、俺は俺たちが社会が思っているような屑じゃないことを証明したくて組織化しようとしたんだ。社会が俺らを見捨てるなら、俺がこいつらに食事と暖かさと保護者としてのアドバイスや理解を与えてやる。俺たちは家族だ」

「違法薬物を売買し、お金を稼ぎマンホールの住人に食事を提供し、ギャングから住人を守るためにみかじめ料を支払っている」と言いましたが、現在リーは逮捕され投獄され、マンホールは閉じられました。

ニコラエ・チャウシェスクとは

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