犯人がわかっている未解決事件とは?犯人はなぜ捕まらない?

日本には、今なお警察の捜査が迷宮入りとなってしまい時効を過ぎても未解決のままの事件が山のようにあります。その中には、犯人がわかっている未解決事件もあります。ここではその中でも世間で有名になった事件や被害者の遺族の思いなども含めて詳しくみていきます。

犯人がわかっている未解決事件がある

Thieves Offenses Wanted - Free image on Pixabay (473352)

平和な日本でも、実は日々どこかで事件は起こっています。その中には、全国放送で放送されるような世間を震撼させる大事件もあれば、ちょっとしたご近所トラブルのような事件までさまざまですが、実はそれらの中には犯人が分かっている未解決事件もあります。

今回POUCHSは、そんな未解決事件に注目してみました。

犯人はどうして捕まらないのでしょう?ここでは、誰もが一度は耳にしたことがある有名な未解決事件のなかでも、犯人がある程度目星がついている、もしくは分かっているのにまだ未解決とされている可能性のある事件の全貌も踏まえて詳しくご紹介します。

三億円事件

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1975年(昭和50年)12月10日に時効が成立し、正式に未解決事件になった三億円事件が起きたのは、今から約40年以上前に遡ります。

1968年12月10日、午前9時20分頃、日本信託銀行国分寺支店から東芝府中工場に向っていた東芝従業員のボーナス3億円を乗せた現金輸送車が、白バイ警官を装った男に奪われた事件です。
On The Street Road - Free photo on Pixabay (489708)

犯人として当時19歳だった少年Sが計画したとされましたが、その少年は事件の5日後に自宅で青酸カリで自殺し、死亡が確認されました。

それにより、本当に少年Sが犯人かはっきりされないまま、未解決となり時効を迎えたのです。そして、この事件はのちに非常に有名になり、のちに映画化や小説にもなりました。

※POUCHSは恋愛やライフスタイルを応援する記事を多数取り扱っています。こちらの記事も、ぜひ一緒にご覧ください。

事件の発端

Coins Banknotes Money - Free photo on Pixabay (489716)

この「三億円事件」の発端としては、日本信託銀行国分寺支店から東芝府中工場に向っていた東芝従業員のボーナス3億円を乗せた現金輸送車が、白バイ警官を装った男に奪われ、その後逃走したことが全国的なニュースとなりました。

その犯人と思われた少年Sは、当時活発だった学生運動活動家であり、その活動資金を稼ぐために起こした犯行ではないかともいわれていました。
Squad Car Police Lights - Free photo on Pixabay (489719)

しかし、一方ではこの三億円事件そのものが警察が仕組んだヤラセで、その目的は学生運動などを廃止に追い込むためのものだったという意見もありますが、真相は今も謎のままです。

巧妙な輸送車強奪から逃走

Biker Motorcycle Ride - Free photo on Pixabay (473307)

白バイにまたがった警官を装った男は18歳~25歳くらいで、黒いマスクを鼻まで覆っていたそうです。少年はヘルメットを目深に被ったまま、首には白いマフラーを巻き、腕には交通腕章を撒いていました。

そして、現金輸送車の前の車体の下にもぐると、発火筒をたいて「ダイナマイトがあった」と叫び、驚いて輸送車の後ろに運転手たちが下がったタイミングで、すばやく運転席に乗り込んで半ドアのまま、停車していた白バイをかわして、フルスピードで現金輸送車を急発進させました。
Guy Motorbike Biker - Free photo on Pixabay (473308)

事件発生後、現金輸送車は300メートルの道路を一気に走った後、赤信号を無視して府中街道を右折し、危うく大型ダンプと衝突しそうになったといいます。

そして、この現金輸送車が猛スピードで向かった先は、国分寺市の方にある雑木林に囲まれた墓地でした。そこで、三億円が入ったケースを現金輸送車から他の乗用車に移し替えたということです。

事件直後の警察の対応と犯人の抜け道

Yanase-Goro🍊 on Instagram: “叔母を府中まで送り、その帰り道、#府中刑務所 横を通過。まさにこの場所で起きたのが #三億円事件 💦 #明星幼稚園 年中組だった私。大騒ぎになったことは覚えています😅” (473282)

この写真は実際に三億円事件が起こった事件現場です。ここからは、この事件直後の警察の対応と犯人の抜け道をみていきます。事件直後、警察が府中刑務所裏で重要事件が発生したという緊急指令を出したのは、三億円事件発生からおよそ15分が経過した午前9時35分ごろの事でした。

白バイ警官に変装した男が府中街道方面を逃走中の時のことです。警視庁はその後、機動隊まで出動して1万三百人ほどの警察官と600台ほどのパトカーがその任務にあたり、捜査が開始されたのです。
Car Traffic Man - Free photo on Pixabay (489732)

しかし、その時すでに犯人たちは三億円事件の事件発生現場である府中街道から北東に約四キロほどのところにある小金井市の駐車場で現金をガラス運搬用のトラックの中に隠し終えて、逃走していました。

そして、それから1時間後、墓地入口のところで現金輸送車がパトロール中の警官によって発見され、警察で、その後犯人のモンタージュ写真を発表されました。

多摩農協脅迫時件

Thunderstorm Clouds Flashes - Free photo on Pixabay (489794)

多摩農協脅迫事件とは、三億円事件発生以前に、多摩農協に向けた脅迫事件がありました。この事件では、おそらく三億円事件と同じ犯人によって多摩農協へ現金を要求したり爆弾予告うするなどの脅迫が何度かに分けて行われていたことが推測されます。

この事件を多摩農協脅迫事件といい、この時送られた脅迫状は雑誌の切り貼りでつくられていました。そして、犯人は1人だけの単独犯でなく、複数で行われた可能性が高いとされています。

大量の遺留品

Detective Crime Scene Dagger - Free photo on Pixabay (473354)

また、犯人は現場に多数の遺留品を残しています。この三億円事件の遺留品のなかで見つかった1着のレインコートだけが他の遺留品とは違い犯行のためだけに用意したものではなく、それまで犯人が普段使っていたものではないかといわれていたようです。

レインコートを製造された工場も警察であたったようですが、残念ながら既にその製造会社は潰れており犯人を遺留品から見つけることはできなかったようです。

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