2019年9月20日 更新

フライデー襲撃事件の全貌解説!関わったのはたけし軍団

バラエティや報道番組の司会者や映画監督、演者としてまで幅広いジャンルで活躍するビートたけしさん。国内では知らない人はいないくらいの大御所芸能人の一人です。実はビートたけしさん、過去に事件を起こしていたのを知っていますか?フライデー襲撃事件特集です。

目次

たけし軍団に入ったばかりの時は「ふんころがし」という異名を持っていたダンカンさん。酒癖が悪さから後輩たちに迷惑をかけていたエピソードは、テレビでもネタにされていました。

現在の芸名である「ダンカン」は、たけし軍団に入る前に弟子入りしていた落語立川流に在籍していた時の「立川断かん」から引き継いでいます。

ビートたけしさん監督の映画作品に出演したり、自身でも監督として映画を作成したりと多彩な才能を見せています。

東国原英夫

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たけし軍団の中でも第1弟子と言われているのが、東国原英夫さんです。事件当時は、そのまんま東という芸名でした。2007年には宮崎県知事として当選したのが印象的です。

経費削減を公約し実現させたことで、多くの県民から支持を得ました。宮崎のセールスマンとして地場産のものを県外へアピールする姿から付けられた愛称は「宮崎のセールスマン」。都知事選へ立候補するために、高い支持率を得たまま宮崎県知事を退任しました。

フライデー襲撃事件当時、東国原英夫さんは講談社から本を出版したいと考えていたため、あまり乗り気では無かったと後に話しています。

サード長嶋

Baseball Field - Free photo on Pixabay (642977)

事件当時は未成年ということもあり、少年Aとされていたのがサード長嶋さん。誕生日を迎えて成人を迎えてからは、実名で報道されるようになりました。

現在はVシネマを中心に俳優として活躍しています。名前はビートたけしさんが、大好きな巨人の名誉監督である長嶋英雄さんからもらったと言われています。

先輩からの理不尽とも言える暴力に耐えられなくなり、たけし軍団からの脱退を後に紹介する大阪百万円さんと共に自ら申し出ました。

キドカラー大道

Social Media Facebook Twitter - Free photo on Pixabay (642979)

現在は芸能界からも一線を引いているキドカラー大道さんは、たけし軍団セピアに所属していました。運動神経が良く、たけし軍団が携わるスポーツ番組では、特に活躍を見せています。

事件から3年後の1989年、漫才をしたいという理由でたけし軍団を脱退。現在では芸能界からは身を消していますが、自身のTwitter上でフライデー襲撃事件の概要などを記載していました。

現在は非公開アカウントとなり読むことはできませんが、事件概要の他にビートたけしさんへの尊敬の意も示されていたようです。

グレード義太夫

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たけし軍団の中でもインパクトのあるビジュアルで注目を集めたのが、グレード義太夫さん。大学時代はプロのミュージシャンを目指していましたが、ラジオを聴いたことをきっかけに、たけし軍団への入団を志願しました。

正式加入する前に伝説のバラエティ番組「オレたちひょうきん族」に出演しています。現在でも浅草東洋館に出演していて、日々お客さんを楽しませています。

糖尿病を患っていて、その生活をもとにしたエッセイも発売しています。

松尾伴内

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松尾伴内さんは3番めに弟子入りを志願した人物と言われています。現在はバラエティタレントやレポーターとして活躍しています。

師匠であるビートたけしさんの他にも、明石家さんまさんの付き人を努めていた時期もありました。普段から争い事は好きでは無い生活の持ち主ですが、周りの雰囲気に流され事件当時もヒートアップ。

しかし襲撃後に散らばった書類を揃えるなど、松尾伴内さんらしいエピソードも後に語られています。

大阪百万円

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出身地である大阪から上京した際に、百万円持ってきたことから「大阪百万円」という芸名がつけられました。その百万円は、たけし軍団の先輩たちにたかられるような形で1週間ほどで無くなってしまったと言われています。

1983年~1999年にわたり放送されていた「スーパージョッキー」では、大阪百万円さんを中心とした企画が進められている中でサード長嶋さんと共にたけし軍団脱退を申し出ました。理由は先輩からの理不尽とも言える内容での暴力がきっかけと言われています。

脱退の申し出によりビートたけしさん、当時事務所社長も困惑・激怒。結果的に追い出されるような形でたけし軍団から脱退しました。

水嶋新太郎

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サード長嶋さんと同じように事件当時は未成年だったため少年Aとされていました。父親は漫画家の水島新司さんで、ビートたけしさんの友人と言われています。

俳優を目指そうとした時に父親に相談すると、俳優学校に行くよりはたけし軍団に入った方が良いのではというアドバイスもあり、入団を決意。たけし軍団セピアに入団し、事件に携わった後も俳優として精力的に活躍していました。現在では俳優業よりも、父親のマネージメント業の方が忙しくなってしまっているようです。

著名人の反応

Balloon Message Talk - Free vector graphic on Pixabay (642991)

お笑いBIG3とも言われているビートたけしさん。人気絶頂の時に事件を起こしたということで、日本中の注目を集めました。同様に芸能界で活躍する人たちからも、印象深いコメントが寄せられています。

ビートたけしさんの気持ちに寄り添う声もあれば、苦言を呈する人など反応もさまざまです。事件当時、ビートたけしさんの母親にも取材をした際には、誰よりも厳しい一言を発しています。

その一言により、熱を上げ続ける報道も収束をみせはじめたようです。

横山やすし

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襲撃のきっかけとなった出来事は、あくまでも師匠であるビートたけしさんの個人的な出来事です。その個人的な出来事に弟子を巻き込むべきではなかったと冷静な見解を示しているのが、横山やすしさんでした。

ビートたけしさんは事件後の発言で、1人で編集部へ向かうのは怖くでたけし軍団に声をかけてしまったこと、彼らには申し訳ないことをしたと謝罪の言葉を発しています。

あくまでも可能性のひとつですが、ビートたけしさん本人もここまでは大きい事件となることは予測していなかったのかもしれません。

田中康夫

Gavel Auction Law - Free photo on Pixabay (642998)

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