2019年10月28日 更新

何故事件は起こった?土浦連続殺傷事件の犯人の心理や警察の対処

土浦連続殺傷事件は、金川真大という犯人が起こした通り魔事件です。今回はこの事件の被害者についてや当時の警察の捜査状況、動機について紹介します。他にも生い立ちや逮捕のその後、死刑執行までの裁判の様子なども紐解いていきます。

目次

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さらに今回ずさんな対応と言われる点があり、それは駅側に対して、厳重な警戒に当たっていることを、全く連絡していなかった事です。

警戒に当たっていることを言わなかったせいで、何も知らない一般市民も行き来することになり、無関係な人にも被害が今回及んでしまいました。

もし、駅側に通達していたら色々対策も出来ただろうし、一般市民の行き来も減り、金川も人通りが少なくなっていたら、犯行を断念していた可能性は高いかったはずです。

批判を背負ったのは捜査一課長

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このずさんな警備体制に避難が集中したのは、当時の責任者であった捜査一課長でした。メディアの批判を一人で背負ったのです。

その後も捜査一課は、多くの事件を取り扱うことになりますが、非難を浴びる事になったこの課長は、5年後に退職するまでその罪にさいなまれ続けたといいます。

そして、死刑の執行により亡くなった金川についても、また殺してしまったと悔やんでいたそうです。必ずしもこの捜査一課長だけとは限らないとは思いますが、辛い状況だったようです。

土浦連続殺傷事件の裁判とその結果

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ここでは、金川が逮捕されてからの裁判の様子や金川の様子、その裁判の結果について紹介していきます。

弁護士と犯人の信頼関係

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金川は逮捕されてから、一刻も早く死刑になることを望んでいました。しかし、弁護士が付くとなると、弁護士は金川の罪を軽くする為に、色々努力する存在です。

金川の担当弁護士は、勿論死刑を回避するべく、2度目の精神鑑定を要求する考えがあったので、金川は弁護士に不信感を抱きます。弁護士は金川との信頼関係を築くために面会を重ねます。

金川はというと、不信感は持っていましたが、このタイミングで弁護人を解任するとなると選任のやり直しからになります。それでは、更に時間がかかると判断した為、その弁護士で妥協することにします。

しかし、2009年2月頃には裁判が開廷しないことにいら立ちを隠せなくなります。そのいら立ちから、今度は裁判で黙秘すると宣言していました。しかし、黙認をすると証拠の立証を一からやり直すことになることを知り、金川は後日撤回しました。

2009年の初公判

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2009年5月1日に、水戸地方裁判所にて初公判が開かれました。被告人である金川は、罪状認否にて概ね起訴状を認めました。

この際検察側は冒頭陳述で犯行動機としては、「ゲームの世界と比べて現実世界のつまらなさに耐えられなくなったため】と主張しました。

初公開の際も、金川は反省の態度を見せることはなく、ただ初公開に参加しているという態度でした。しかし、弁護士は初公開のあとの会見で、金川は本当に弱みを見せたくないと思っており、仮に後悔していると思っていても、絶対に言わない印象を持っていると語っています。

弁護士の供述

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一方で弁護人は、金川は血を見ると失神することがありましたが、事件の際は返り血を浴びたのに失神していないので、当時の精神状態が異常だったかについて調べる必要があると主張しました。

金川にとっては、死刑は極刑ではなくご褒美に過ぎないので、死刑判決はその本来の目的に沿わないものである。と主張しました。

裁判長は弁護人の要求に応じて、再度の精神鑑定を認めます。このあと、検察による調書読み上げの際に被害者の傷跡の画像がスクリーンに映し出されました。その際に金川が失神し、30分間の間、審理が中断されました。

人格障害は刑事責任能力があると見なされる

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2009年6月19日に第4回公判が行われました。ここでは、金川の精神鑑定を行った筑波大学准教授が出廷します。この裁判では、鑑定の結果、弁護側が主張していた「統合失調症」説を否定し、殺人はしてはいけないことであるという常識自体は、金川は理解していることが挙げられます。

この事から、金川は自己愛性人格障害と推定され、この自己愛性人格障害はあくまで人格障害なだけで精神病ではない為、刑事責任能力が認められます。これにより、死刑判決の判断材料になりました。

その後、2009年7月3日の第5回公判があり、その際金川は、裁判が長引くことに激高し、閉廷の直前に、目の前にあった机をひっくり返して一部を破壊させました。

その後行われた制裁裁判において、監置10日の処分が下ります。この監置が終わった後の同年9月3日に行われた第6回公判では、2度目の精神鑑定の結果が公表され、1回目の精神鑑定と同じ、自己愛性人格障害であると判断されました。

「死刑は加害者にとって褒美である」

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弁護人は、金川が死刑判決になることに対して、今後金川は治療次第では心を開く可能性はあり、更生の余地は存在することや、法律上では、無期懲役になっても一生懲役にさせる事は可能であり、一生かけて贖罪や供養をさせる事もできると主張しました。

そして何より、金川に死刑を行うことは、加害者にとって褒美であり、良い判決ではない事を始終主張していました。たしかに、死刑を望んで犯罪を起こした犯人に対して、希望通り死刑を求刑しても良い判決だったとは言えないです。

死刑判決になったところで、金川が喜ぶだけです。しかし、意味もなく家族を殺された方が2名いる以上、死刑判決以外はないという気持ちにもさせられます。

11月13日の論告求刑の検察側主張

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2009年11月13日に、論告求刑公判が開かれ、弁護人の最終弁論が行われました。ここでも弁護士の主張は変わりませんでした。

他の自殺志願者が死刑となることを求めて、今回の犯行を模倣する恐れがある事や、死刑を求める金川対してに死刑を求刑する事は死刑が刑罰として機能しない事などを主張し、死刑を回避することを求めました。

そして最後に、裁判長は金川に最終陳述で何か言うことはないかと求めました。しかし、金川は自席に座ったまま拒否を宣言しました。ここで、論告求刑公判は終了しました。

12月18日判決公判

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2009年12月18日に判決公判が開かれました。ここで水戸地裁は検察側の求刑通り、金川に死刑判決を言い渡しました。

最後に裁判長は、人の気持ちを理解しようとするのは基本的なことなのに、なぜあなたは他人のことを理解しようと考える余裕がないのか、よく考えてほしい。と語っています。

この裁判長の言葉が金川の心に届いたのか、言われたことを考えることが死刑されるまでにあったのかは不明ですが、金川は、死刑になりたいしか考えることができなったかもしれません。

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