吉田純子死刑囚の死刑執行の様子は?生い立ちや共犯者たちとの関係性

この事件は看護師4人の犯行であり、主犯格の吉田純子は死刑という判決を受けました。そして執行は朝日新聞によって伝えられました。この主犯格となった吉田純子とは子供のころからどのような生い立ちがあったのでしょうか。吉田純子の最後も含めて紹介します。

目次

上記でも述べたように、吉田純子には3人の子供がいます。しかし、それ以上の情報はありません。プライバシーの強い世の中、尚且つ殺人の主犯格を母に持つ子供達は、出来る限り身を潜めたいものです。

親というものは、子にとって何よりも大切で、何があっても母親であり、父親でもあります。その関係というのは切っても切れないでしょう。

吉田純子のような考えられない母親がいたとしても、子供はその母親を求めるものです。現在3人共30代くらいであるとなれば、しっかりとした大人であり、考えも持っています。

もし家庭を持っているとなれば尚、吉田純子との関わりは持ちたくないものでしょう。現在、3人の子供は恐らく、新たな家庭を持ち、新しい家族と新しいスタートを進んでいるのではないでしょうか。

吉田純子の生い立ち

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吉田純子とは一体どのような生活を子供の頃していたのでしょうか。吉田純子は愛に飢えていたという話があります。子供の時に愛情を受けていないと、大人になってからも、愛に対しての欲が反動で強くなります。

吉田純子は、子供の頃からかなり苦しく辛い生活をしてきたのでしょうか。どのような生活をしていたとしても、本来殺人はどのような形であれ、許されることではなく、同情もし難いものです。

吉田純子が生まれてから、大人になるまでどのような話があったのか、またどのような人物だったのか紹介します。

貧しい家庭で育つ

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吉田純子の父は自衛隊に勤めていましたが、吉田純子が幼い頃に辞めてしまい、自動車修理を開業します。しかし、上手くいかず母親が内職をしつつ家計を支えていました。そのため、とても裕福という生活はできていませんでした。

貧困な生活を強いられていたせいなのか、お金に関して貪欲で裕福で楽な生活をしたいと思っていたのではないでしょうか。

貧困な生活を強いられた場合は、自分で自分のことをすることは当たり前で、欲しい物は手に入れられません。吉田純子は、そのような生活から吉田純子はお金への執着はここから来ているのでしょう。

学歴や経歴

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吉田純子は1959年7月10日に福岡県柳川市(旧山門郡三橋町)で生まれます。そして、1966年柳川小学校へ入学、そして1972年に柳川中学校へ入学します。

1975年に看護師を目指すべく、私立佐賀女子高校衛生看護科に入学し、この時には自分で奨学金制度の書類を作成、提出するなど、自立した面が伺えます。

そして2年生の時に詐欺行為を行い、停学処分から転校へとなり准看護師の資格のみを取得。その後、就職しますが、正看護師の資格を欲した吉田純子は聖マリア学院短期大学(旧聖マリア看護専門学校)へ入学し、無事正看護師の資格を取得しました。

この聖マリア学院短期大学で、後の事件の共犯者となる三人と出会ったとされています。

弟と比較され体罰も

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吉田純子には4歳下の弟がいました。弟は勉強もスポーツもできる、まさに親の自慢でした。母親はそんな優秀な弟と吉田純子を比較し、弟をとても可愛がっていたようです。

吉田純子には、厳しい教育はもちろん、態度も冷たかったようで、何悪いことをすれば、容赦なく体罰を与えていました。

幼少期からそのような育て方をされた子どもは、愛に飢えてしまいます。そして、憎しみも募っていくでしょう。吉田純子は自分を良く見せるためにも嘘をつき、裏表が激しい人物へと変貌していきました。

金を騙し取って停学に

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吉田純子が入学した私立佐賀女子高校衛生看護科で、高校2年生の時にお金欲しさに「友人が妊娠して子供ができた。中絶するための費用が必要」だと訴え、クラスメイトからお金を騙し取ります。

それに味をしめた吉田純子は2度目を試みますが、さすがに2度目は通用せず嘘がばれ停学処分を言い渡されてしまい、本来取れるはずだった正看護師の資格は取れず、准看護師資格しか取れませんでした。

その後、一度准看護師として就職しますが再度看護専門学校へ入学し正看護師の資格を取得しました。

虚言壁

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上記で述べたように高校時代に嘘をつき詐欺を働きました。この時から多くの悪い嘘を含む虚言壁が始まったと思われます。

高校時代に関しては停学処分に加え転校を余儀なくされたにも関わらず、反省はしてませんでした。恐らく、吉田純子は、この出来事きっかけで嘘をつくことで得られる快感を手にしたのではないでしょうか。

その後も虚言壁は直らず、野球部エースや会社社長の御曹司と付き合うなど自分の価値を高める見栄っ張りの嘘や、友人同士の仲が壊れるように嘘を吹き込むなどして自分の立場を優位に立たせようとしていました。

吉田純子の口癖

Woman Mouth Teeth - Free photo on Pixabay (551783)

吉田純子には口癖がありました。その口癖とは「人間は嘘をつくが、金は裏切らない」です。人間は嘘をつく、これは吉田純子自身がそうしていたように、人は嘘をつく生き物で信用できないという表れでしょう。

そして、お金は裏切らない。お金は確かにあればあるだけ自分の欲しいものを与えてくれます。なりたいものにもなれます。それは確かであり、裏切りというものはありません。

この口癖は、吉田純子の心模様ではないでしょうか。お金がない苦しさや侘しさ、そして、人は信用してはいけないのだと、心のどこかであったのでしょう。

久留米看護師連続保険金殺人事件の概要

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上記でも簡単に触れましたが、吉田純子、堤美由紀、池上和子、石井仁美は保険金殺人事件に関わった殺人犯として逮捕されました。

この事件が発覚した際には、看護師であること、殺人方法に人々は恐怖を感じたことでしょう。事件はもう解決しており、4人は逮捕されましたが、この事件「久留米看護師連続保険金殺人事件」はどのような事件だったのでしょうか。

この事件の鍵を握っていたのは、主犯者である吉田純子です。吉田純子はどのように他3人を殺人犯へと仕立てたのでしょうか。この事件について詳しく紹介します。

3人の同僚から多額の金を搾取

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吉田純子は看護師として働いていた頃、同僚からお金を借りていたことがありました。一人目の時は50万円、二人目からは100万円、3人目からは、相手の点滴ミスを理由に1000万円も搾取していました。

50万円でも十分な金額ですが、借りたお金は全て踏み倒し、返していません。いくら看護師と言えど、こんな多額な金額を貸す人も決して良いとは言えませんが、踏み倒す吉田純子はすごい人物です。

この時には、架空の「先生」と呼ばれる人物をでっちあげ、石井仁美からもトラブル解決のために750万円騙し取ったとされています。

第1の殺人:未遂に終わる

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