2019年9月26日 更新

紅林麻雄とは?紅林麻雄の生い立ちや生み出した数々の冤罪事件

紅林麻雄という人物をご存知でしょうか。静岡県警で数々の難事件を解決してきた名刑事ですが、別名「拷問王」と呼ばれた警察官です。紅林麻雄の生涯と最期と死因、警察退職後のその後の人生や、家族や親族、子供について簡単にご紹介します。

目次

数々の事件を解決した紅林麻雄でしたが、担当した事件に「無罪判決」が次々とくだり、紅林麻雄の拷問のような取調べや供述調書の捏造が告発され、世の人たちから非難を浴びた紅林麻雄は吉原警察署駅前派出所に左遷され、交通巡視員になり二階級降格を命じられました。

更に「拷問王」という悪名を付けられ、警察内部からも批判を浴び続けた紅林麻雄は憔悴し切ってしまい、幸浦事件が無罪判決が確定すると退職依頼しました。

紅林麻雄は自分が行ってきた数々の行為は間違っていたことを決して認めませんでした。むしろ自分を批判する者は「ヒトラーがユダヤ人追放を叫んだときのように、きちがいじみた姿だ」と言論の暴力だと反論しています。

紅林麻雄が行った拷問・愚行の数々

Desperate Sad Depressed - Free photo on Pixabay (606204)

数々の事件を解決した名刑事、紅林麻雄でしたが裏では被疑者に対して拷問まがいな行為をしていました。一体、紅林麻雄はどうして拷問まがいな行動をしたのでしょうか。

一般人を逮捕

Arms Arrest Crime - Free vector graphic on Pixabay (606230)

紅林麻雄は、現場近くに住んでいた事件とは無関係の一般人を逮捕し拷問して拷問による尋問と自白の強要をしています。容疑を否定したり無実だと訴えると、拷問は過激を増していったそうです。しかも、その拷問は紅林麻雄だけでなく、その部下たちも加担して行っていました。

そうすることで無理やり供述を認めさせ、犯人に仕立て上げるために行っていました。紅林麻雄の捜査は先入観や勝手な決めつけで捜査が進んでおり、数々の違法捜査を行っていました。

殴る蹴るは当たり前

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紅林麻雄の取調べには、殴る蹴るの暴力や拷問は当たり前にあったと言われており、殴るときは顔を平手と拳で20~30回往復するような感じで殴ったり、足を前後15回殴る蹴るを繰り返したり、被疑者を正座させて膝の上で2~3分ずつ力いっぱい踏みつけたりなどの、通常では有り得ない拷問を行っていました。

袴田事件と言う冤罪事件で有名な事件がありますが、こちらは「紅林チルドレン」と呼ばれる紅林麻雄の部下が担当しており、この紅林チルドレンは紅林麻雄の考え方や拷問の仕方を受け継いでおり、袴田事件の被疑者に対しても殴る蹴るなどの拷問を行っています。

別件逮捕

Igromania Game Addiction Handcuffs - Free photo on Pixabay (613731)

紅林麻雄が行っていた捜査方法の中に「別件逮捕」という捜査方法があります。二俣事件、島田事件、幸浦事件の被疑者たちは、この事件とは別件で逮捕されており、そこから紅林麻雄の激しい拷問の末、自白を強要されて犯人へと仕立て上げられています。

二俣事件では、現場近くに住んでいた少年(当時18歳)が被疑者として逮捕されました。この少年を逮捕した理由は、犯行当時のアリバイが不明というのは、犯行の証明にはならないという理由だけで、窃盗被疑容疑で別件逮捕しています。

最長17時間の取り調べ

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袴田事件という紅林麻雄の部下が担当した事件があります。この事件で元プロボクサーの袴田巌(はかまだ いわお)さんが強盗殺人容疑で逮捕されました。逮捕理由は「元プロボクサーだから」という、あまりにも単純すぎる理由でした。当時、取調べを担当した刑事は3人でしたが、どんどん人数が増えていき最終的には10人ほどにまで膨れ上がっていたそうです。

袴田元被告に対する取調べは過激を増し、1日12時間、最長17時間もの長時間の間、取調べを受けたと言われています。炎天下の中、冷房を付けることなく取り調べが行われていました。

焼火箸での焼印

Asian Barbeque Chopsticks - Free photo on Pixabay (615646)

紅林麻雄は幸浦事件の被疑者として、別件の容疑で四人が逮捕されました。四人は容疑を認め、死刑判決を受けますが、その後四人の無罪が確定します。では一体何故四人は容疑を認めたのでしょうか。

その背景には紅林麻雄が存在していました。彼は被疑者四人に対し過酷な拷問を行っていました。焼火箸で耳や手に押し付けて、自白を強要していました。

更に警察は自白する一週間前に警察犬などを使用して現場付近の海岸を捜索し、遺体遺棄場所をあらかじめに把握していました。その遺体遺棄場所を四人に自供するように誘導もしていました。

バケツへ排泄物垂れ流しさせる

Wooden Bucket Water Wood - Free photo on Pixabay (615698)

袴田事件の取調べを担当したのは紅林麻雄の部下が行いました。取調べは過激な拷問で、殴る蹴るの暴力は当たり前で、取調室に便器を持ち込んで、その場で垂れ流しをさせたりなど、人間としての尊厳をも奪う行為をさせていたのです。

他にも過激な拷問を受けた袴田元被告は、最初はかたくなに自分は犯人ではないと否定し続けていましたが、期限の3日前に観念し、自白をしています。今まで袴田元被告にしてきた拷問が、いかに過酷で残酷だったのかが物語っています。

奇声を上げる囚人の隣にし一切の睡眠を許さない

Sleep Bed Woman - Free photo on Pixabay (615892)

袴田事件で、逮捕された袴田元被告は取調べが終わって、睡眠するときにも拷問をされます。睡眠時は隣に酒浸りの泥酔者の隣の部屋にわざと移動させられ、わざと大声をあげさせる等をさせられ、まともに寝ることもできなかったと言われています。そうすることで袴田元被告をどんどん追い詰めていったのです。

そして、毎回取り調べが終わるたびに「罪を認めれば楽になる。あとから裁判で罪を否定すればいいのだから」と甘い誘いがあったともいわれています。

アリバイがある人物にトリックであることを強要

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二俣事件では、現場近くに住んでいた当時18歳の少年が、窃盗罪で別件逮捕されます。そして拷問と自白の強要の末、少年は自白して死刑判決を受けますが、その後無罪が確定した事件です。この逮捕された少年ですが、実はアリバイがいくつか存在しており、この少年を二俣事件の殺人犯にするには無理がありました。

少年には、犯行当時、二俣遊郭付近で父親の屋台の手伝いをしていて麻雀店の女性主人も同様の証言をしています。ですが警察はこれをトリックを使ってアリバイ工作をしたのだと否定します。これは、少年が当時愛読していた推理小説に、アリバイを偽装工作するシーンがあり、警察はこれを参考にしたともいわれています。

秘密の暴露を強要

Whisper Secret Mystery - Free photo on Pixabay (618696)

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