2019年10月21日 更新

陰間とは?春画で描かれた陰間茶屋での売春の歴史を紹介!

浮世絵や春画でも残されている陰間は、江戸時代に一世風靡し、瞬く間に多くの男性を虜にしました。茶屋を利用し陰間と遊び、気に入れば高額な身請け金を支払い手に入れます。そんな陰間の生涯は、浮世絵や春画で描かれているような、華やかで優雅なものではなかったのです。

トイレで精液をかき出す

Toilet Loo Wc Public - Free photo on Pixabay (718085)

男性客が射精すると、持っていた紙を使い男性器を綺麗に拭います。持っていた紙で肛門を押さえ、陰間はすぐにトイレへと向かうのが通例でした。客前で精液をかき出すことはせず、トイレでかき出していたと言われています。

その際、放屁や大便が出てしまう恐れもあったため、客の部屋からなるべく離れたトイレを使用しました。陰間は、客が帰るまで、あらゆる場面で気を遣っていたことがわかります。精液をかき出した後、客を見送り部屋の後始末を終え、1件終了となりました。

この後、再び客を取る場合もありましたし、そのまま床につく場合もあります。

痔に悩んでいた

Bathroom Dilapidated Disrepair - Free photo on Pixabay (718083)

当時、陰間の多くは肛門を使用した性行為に悩んでいました。男性器をしごかれるわけではないため、快感を得ることもできませんし、頻繁に使用するため、痔や下痢などの症状に悩まされていたと言われています。

使用する潤滑剤も、肌に合わない場合があり、陰間の日常は苦痛との闘いだったと言われているのです。陰間たちの本音に関して、「諸遊芥子鹿子(しょゆうけしがのこ)」という書籍に記述が残されていました。

陰間が最も嫌った瞬間は、萎えた男性器を肛門から抜く瞬間だったようです。

陰間の生涯は儚く短かった

Matsumoto Castle Japan - Free photo on Pixabay (718082)

陰間の生涯は、春画や浮世絵で描かれているような美しいものではありませんでした。勉強や異性との恋愛を楽しむべき青春時代に学ぶのは、男性の喜ばせ方、肛門の具合など、一般市民とは比べられないほどの苦痛があったと考えられます。

借金を返し終わり、年季が明けても、学も職歴もない事から、再び劣悪な環境で売春する男性も少なくなかったようです。世界に誇る文化として知られる歌舞伎の陰に、苦労した男性たちがいたことを覚えておきましょう。

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