2019年8月26日 更新

FFを手がけた伝説のプログラマ!ナーシャジベリの現在と残した伝説!

FFと言えば、ギネスにも認定された世界的に有名なゲームですが、FFシリーズの作品を手がけたプログラマーにナーシャジベリという人がいました。彼は天才と言われ、数々の伝説を残したことでも有名です。今回は、ナーシャジベリの現在と語り継がれる伝説についてご紹介します!

ナーシャジベリ氏は、メディアへの露出がほとんどないため、彼が今何をしているのかは不明とされています。しかし、FFシリーズの25周年記念式典の噂が立ち、そこにナーシャジベリ氏が参加したという話もあったようです。

FFシリーズの製作で大活躍したナーシャ氏でしたが、「聖剣伝説2」の製作を最後に「スクウェア」を退社し、再び世界中を放浪する旅に出たと言われています。そのため、意図してメディアには一切顔を出さないナーシャ氏の現在の様子が気になるというファンも多数存在するようです。

確かに、ファンがそういった気持ちになるのも分かる気がします。ですが、プライベートがベールに包まれているため、勝手な憶測から飛び交う噂話も絶えないようです。それではナーシャジベリ氏の現在に関する情報を見て行きましょう。

意図してメディアには顔を出していない

Press Journalist Photographer - Free photo on Pixabay (578443)

ナーシャジべリ氏は伝説にもなっている自身の経歴から、天才プログラマとして神格化されています。そのためナーシャ氏本人の意思で、意図してメディアへの露出を控えていると言われています。

よく漫画家や作家などの中には、作品のイメージが壊れてしまうからという理由で、顔出ししたり自身のプロフィールをあえて公開しない方もいますよね。

あくまでも推測ですが、ナーシャ氏もそれと同じように、FFシリーズのイメージを壊してはいけない、あるいはナーシャ氏に憧れてプログラマを目指している人たちの夢を壊してはいけないと考え裏方に徹することを選んだのかもしれません。あるいは、ナーシャジべリ氏という人がとても謙虚な人で公に出る事を嫌っただけなのかもしれません。
Magazine Colors Media - Free photo on Pixabay (578440)

いずれにせよ、彼が意図してメディアに出演していないのは確かなようです。現在では、作品の原作者や監督などが表に出て作品のPRを行うのが当たり前になっていますが、ナーシャジべリ氏が活躍していた頃は、今ほどスタッフの顔出しが顕著ではなかったという時代背景もあるのかもしれませんね。

FF25周年記念式典の噂

Banquet Wedding Society - Free photo on Pixabay (578444)

ナーシャジベリ氏が最後に公の場に姿を見せたのは、2012年に25周年を迎えたFFの記念式典に参加した時だと言われています。しかし、この25周年式典は実際には行われることはなかったようです。

ただし、FFシリーズの開発スタッフの一人であるジョン・ロメロ氏が、2012年にナーシャジべリ氏をFF25周年記念の式典に電話で誘ったという内容のツイートをしていたことから、残念ながら夢の式典は実現しなかったものの、ナーシャ氏とは連絡を取りあっているということが窺えますね。

当時の開発スタッフと現在も交流

Friends Together Friendship - Free photo on Pixabay (578446)

ナーシャジべリ氏は「聖剣伝説2」の製作を最後に、カリフォルニア州都サクラメントに移り住んだと言われています。ナーシャ・ジべリ氏が現在何を行っているのかについて明確な情報はないのですが、坂口博信氏を始めとする当時の開発スタッフとは現在も交流が続いているようです。

ちなみにナーシャジべり氏は、任天堂の代表取締役で「スーパーマリオシリーズ」や「ドンキーコングシリーズ」の生みの親である宮本茂氏とも友人で、「スクウェア」入社当時には同期に「ロマンシングサ・ガ」を手がけた河津秋敏氏や「FFⅣ」を手がけた時田貴司氏がいました。

ナーシャジベリが残した伝説

Work Workaholic Writer - Free photo on Pixabay (578448)

ナーシャジベリ氏は、常人では到底思いつかないようなプログラミングスタイルをしており、そこから数々の伝説が生まれたと言われています。

中でも、プログラミングした全ての文字列を暗記していた、バグを電話越しで解決したという逸話には「ホントなの?」と思ってしまう方もいるでしょうが、ここではジべり氏が残したとされる伝説についてご紹介していきます。

これを読めばナーシャジベリ氏が天才と言われる訳を理解して頂けることでしょう。それでは、早速見て行きましょう。

FFlllのリメイク、高速飛空艇

Landscape Clouds Mountain - Free image on Pixabay (578451)

ナーシャジベリ氏が携わった作品の中で最も有名なゲームはFFシリーズですが、なかでも「FFⅢ」に登場する高速飛空艇のプログラムを作成した時には、周囲をあっと驚かせたようです。

「FFⅢ」の中には飛空艇(飛空船)が登場するのですが、それに影をつけて浮いているように見せたいというグラフィックチームからのリクエストに対して、坂口氏は当時の技術では「無理だ」と答えました。

ですが、後日ナーシャジベリ氏に相談したところ、翌日には飛空艇に影をつけ、なおかつ移動速度も4倍の高速飛空艇になっていたのだそうです。「FFⅢ」は、オリジナルのゲーム発売後にリメイク版が出る予定でしたが、実際にリリースされたのは、リメイク版発売の発表から6年後のことでした。
Video Controller Game - Free photo on Pixabay (578453)

リメイク版のリリースが遅れた理由としては、ナーシャ氏が当時のファミコンの限界を超えたプログラミングをしていたため、ハードウェア自体に相応のスペックが必要だったからと言われています。ナーシャ氏のプログラミングのすごさがここからも窺えますね。

プログラムの内容を暗記していた

Artificial Intelligence Brain - Free image on Pixabay (578456)

ナーシャ氏の代表作である「FFⅢ」の開発途中で、ある時重大なバグが発生してしまったのだそうです。そこでナーシャ氏に指示を仰いだところ、どこを修正する必要があるのか、修正すべき部分のプログラムコードを電話越しに語り、電話口のスタッフを大いに驚かせたと言われています。

また、坂口博信氏も同じようなエピソードを語っており、ナーシャ氏がビザの都合で帰国した際に、国際電話でプログラムのバグについて相談したところ、電話口でナーシャ氏の指示通りに修正したらバグが直ったのだそうです。つまり、ナーシャジべリ氏はプログラムの内容を全て暗記していたということですね。

何もわからないままプログラミング

Work Typing Computer - Free photo on Pixabay (578455)

ナーシャジべり氏は、「FFⅠ」のプログラミングを担当した当初、RPGというジャンルがよくわからないままプログラミングをしていたそうです。

ちなみに、RPGとはロールプレイングゲームの略で、ゲームの参加者それぞれに割り当てられたキャラクターを操作して、ゲーム内の様々な状況下で、お互いに協力しあったり、一緒に試練などを乗り越えて目的を達成するゲームのことです。

もともとはアメリカのテーブルゲームから派生したものでしたが、日本のRPGはアメリカのテーブルゲームとは異なっていました。そのためナーシャ氏は知らない土地にやって来て、何もわからないながらもRPGゲームのプログラミングをこなすという状況にありました。ですが大黒柱としてチームを支え大活躍しました。

FFの隠しゲームもナーシャが作成

Children Win Success Video - Free photo on Pixabay (578457)

FFのゲーム中で高速飛空艇に乗った状態でAボタンを押しながらBボタンを55回押すと、「15パズル」という隠しゲームが登場する裏技があります。

この隠しゲームは、ナーシャジべリ氏がゲームの中に遊びを取り入れるために作ったものだそうです。しかし、当時のファミコンのROMの容量は、現在のWEBサイトの画像1~2枚の容量しかなかったそうで、ナーシャジべリ氏が本編のゲームとは別に、どうやって隠しゲームを埋め込んだのかは未だに謎と言われています。

メモを残さないプログラミングスタイル

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