勝田清孝の生い立ちとその最期!連続殺人犯になる前の様子とは

1972~1983年の10年もの間、昼は真面目な消防士として働き、夜は金品狙いで水商売の女性を襲い、暴行を加え絞殺する凶悪残虐な犯行を、冷静着実に繰り返した『勝田清孝』は、戦後犯罪史上に残る33の罪に問われ死刑になりました。息子や家族や生い立ちに迫ります。

勝田清孝が連続殺人犯になる前

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どんな凶悪な殺人犯でも、どんなヒーローや聖人でも、生まれてくる時はみんな「ただ呼吸をして生き抜いていこうとする動物」で同じです。しかし、いつからか全く違う考えや感覚を持つ人間になっているのが不思議ではないですか?

なりたくてそうなったわけではないでしょうが、なぜ意味なく人を殺せる人間に育っていくのか、科学の世界でもまだ完全には明らかにされていません。そして、よく見てみるとそこには必ず「理由」が隠されています。

この平和で安全な日本で「戦後犯罪史上に残る」と言われるほどのシリアルキラーが生まれて死んでいきました。なぜ『勝田清孝』は、そのような理由を持つ人間に育っていったのでしょうか?

裕福な実家

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1948年8月29日、京都府の現・木津川市鹿背山である「相楽郡木津町鹿背山」という小さな集落にて、1歳年上の姉を持つ農家の長男として生まれました。

家は裕福とは言えませんが、貧しくもない比較的裕福な、わかりやすく言うと「見栄っ張り」な家庭で、教育熱心な父親は息子を保育園に通わせていました。

しかし、父親も母親も農業の仕事で忙しかったため自分に余裕がなく、もちろん息子の勝田清孝を気にかける余裕などありません。こんな家庭では、私たちに迷惑かけないように「良い子でいてね」と、自分を監視するだけの父親の顔色を伺いながら生きるような子供に育てられました。

問題児の学生時代

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1964年、京都府立木津高校農業科に進学をするのですが、進学した理由が「吹奏楽が楽しみだったから」でした。農業を生業にしていた父親に愛されることもなく監視されながら手伝わされることから逃げたかったのです。

小さい頃から「お金があれば何でも手に入るのに」と感じていた勝田清孝は、高校時代にはお金を手に入れるために学食の食券を盗み始めました。人の顔色をうかがって生きるのが当たり前でコソコソするのが好きな青年は、小さな悪事の「成功体験」からさらに悪事を重ねることにハマっていました。

次第にエスカレートし始め、ひったくりや売店荒らしなどを行うようになってしまい、20数件のひったくりをしたところで、ようやく警察にバレて捕まったのです。

少年院時代

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大人の顔色をうかがってしまう気の小さい少年が盗みの「成功体験」で自分に自信をつけ、成長を感じ楽しんでいたところ、高校時代にひったくで警察に捕まり「もし、高校を退学になればどうすればいい?」と自分が犯した罪を身に染みて感じていました。

そんな折、私たちに迷惑かけないように「良い子にしていなさい」と監視していた父親が面会にきます。勝田清孝は、父親が田畑を売り払ってまでも被害者に弁済してくれたことを知り、自分を情けなく感じ、激しく後悔し「高校に戻って真っ当に生きよう」と決意しますが遅かったのです。

高校は退学処分とされ、さらに大阪和泉少年院へ送致されてしまいました。

駆け落ち結婚

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1966年、少年院を退院し、自分のために田畑を売ってまで弁済してくれた父親のために真っ当に働こうとし、父親の紹介で自動車部品会社に就職し「父親の面子を潰さない!」と懸命に働きました。しかし、会社の同僚の財布がなくなったことで犯人扱いされいじめを受けることになりました。

父親の面子を潰してはいけないと我慢をしてきましたが、我慢できずに退職してしまいます。仕事を失い途方に暮れていましたが、友達から「大阪の鉄工所で人手が不足しているから入社しないか?」という誘いを受け、入社を決めたのです。

この頃、隣町の1歳下の女性と付き合い始め結婚するつもりでしたが、両家から反対され大阪府へ駆け落ちし結婚します。転勤で奈良に住んでいましたが、給料の良い運送会社へ就職し、トラックの免許を取得し、長距離運転のドライバーとして働き始め「妻に楽をさせたい」「運送屋として独立したい」と思っていました。

勝田清孝が連続殺人犯になった後

Killer Horror Jimmy - Free photo on Pixabay (694738)

好きな女性と結婚して、夢を持って運送会社で懸命に働いていましたが、隣町で女性が暴行され「少年院上がりだから」と警察に執拗に調べられます。犯人でないと証明されますが、悪い評判がたち会社はクビに。しかし、子供もおり「地元の消防士の試験を受けてみないか」と誘われます。

父親の勧めでしたが、地元で勤務すること二の足を踏みます。しかし、消防士の試験に合格してしまい、救難救助訓練の東近畿大会に連続出場し、3年連続全国大会へ出場するほど素晴らしい活躍をし始めます。

消防士として輝かしい実績を残した2年後には副士長に、さらに2年後には消防士長にまで上り詰めました。しかし、小心者で周囲の眼を極度に意識する勝田清孝は、周囲に相談したり愚痴るよりも、飲めない酒に逃げるほうが楽なことを覚えてしまいます。

計画性はない

Rolls-Royce Luxury Car New - Free photo on Pixabay (694739)

駆け落ちするほど好きな女性と結婚式を挙げることができ、子供も生まれ、仕事も順調で、ようやく平穏な生活を送れるはずでした。しかし、人の目を気にしすぎる癖はますます強くなり、酒と女遊びと車にお金をかけることで自分が満たされ、借金に借金を重ねる状態になっていました。

借金を返すための借金ではなく、毎晩のように飲み歩き始め、高級車2台とゴルフ会員権を持ち、趣味の無線と愛人に多額のお金をかけ始めます。もちろん消防士の給料だけでは賄えず、さらに借金に借金を重ねていきました。

何よりもお金

Bank Note Dollar Usd - Free photo on Pixabay (694740)

好きな女性と結婚して子供も生まれ、家族を養うために消防士として真面目に働いていましたが、人の目を気にしすぎて自己顕示欲を満たされないと不安で仕方ありません。結局、消防士の給料だけでは返せない借金をすることになってしまいます。

最初は小さな借金でしたが、膨らみ始めたら止まりません。ここにきて父親からお金を借りて借金を清算しようと考え「賭博で負けた」と嘘をついて、父親から200万円を借りることに成功したのです。

消防士として働きながら、借金返済より「人にどう思われているか?」の方が心配すぎて「金はまた父親に頼めば良い」と味をしめる結果になったようです。

自分の欲を満たすことが最重要

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消防署で真面目に働き出すことに生きがいを感じていたのに、人の目が気になりすぎて見栄をはらずには生きて生きてなくなり、酒や女に逃げるほうが楽なこと覚え始めます。愛人をつくり、家族のためではなく自分の趣味のために多額のお金を必要としていました。

駆け落ちするほど好きな女性と結婚できて、子どもにも恵まれましたが、父親から結婚式を上げるように強く勧められるほど賛成されて、生活が落ち着いてくると、今度は物足りなさを感じ始めたのでしょう。そして『刺激』を求めるようになっていくのです。

人を殺すことにためらいが無い

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