目次
- コスモリサーチ事件とは?
- 投資顧問会社コスモリサーチで起こった事件
- 被害者と加害者は株の売買で付き合いがあった
- 関係者は?
- 事件の目的は?
- コスモリサーチ事件の時系列は?
- 1988年1月29日被害者の渡辺裕之を拉致
- コスモリサーチの実質経営者見学和雄を自宅前で拉致
- マンションに連れ込み現金40万円を強奪
- さらに1億円を用意させ奪う
- 拉致した被害者2名を絞殺
- コンクリート詰めにし遺棄
- 末森博也は別の詐欺容疑で指名手配
- 9月3日杜撰な犯行が露見
- 9月22日詐欺容疑で末森博也逮捕
- 9月29日暴力容疑で尹敬一逮捕
- 10月6日詐欺容疑で河村啓三逮捕
- 遺体をコンクリート詰めにする理由
- 遺体の処理に困るため
- 腐敗臭や体液を防げるという思い込み
- 発見されないという思い込み
- コスモリサーチ事件の判決
- 論点は強盗殺人罪か強盗と殺人の二罪か
- 主犯はどちらか
- 最高裁が上告を棄却し死刑確定
- 河村啓三死刑
- 末森博也死刑
- 尹敬一のみ無期懲役
- 河村啓三は執筆活動を行っていた
- 2005年10月8日「こんな僕でも生きてていいの」
- 2007年10月13日「生きる」
- 2011年10月8日「落伍者」
- 一般市民から多くの批判を集めた
- 獄中から手記を発表する仕組み
- 推定無罪の原則
- 支援者の代筆
- 遺族や養子縁組関係者
- 印税は寄付や遺族に渡る場合も
- 結婚することも可能
- 河村啓三の本を読んだ人たちの感想
- 賞をとった理由も理解できず審査員に幻滅する
- 犯罪行為について生い立ちのせいにしている
- 被害者への謝罪の気持ちが全くない
- 遺族の気持ちをさらに傷つける内容
- 二人の死刑執行は異例!
- 2018年12月27日河村啓三及び末森博也の死刑執行
- オウム真理教事件で大量の執行
- 年末間際の執行
- 再審請求中の執行
- 新天皇即位間際
- 死刑執行者数の推移は?
- 2020年は0人
- 2019年は3人
- 2018年は15人
- 2017年は4人
- 2016年は3人
- 日本の死刑制度の実際は?
- 6か月ルールはほぼ守られていない
- 死刑が執行されない死刑囚も存在した
- 被害者を考えれば当然という声
- 支援団体が複数存在する
- 死刑制度の意味
- 加害者を罰するだけではない
- 負の連鎖・感情を断ち切らせるため
- 死刑制度には今後も賛否両論巻き起こるだろう
via pixabay.com
死刑判決が下されてると、6カ月後に死刑が執行されるというルールがあるにも関わらずまずされません。ここからさらに『確定死刑囚』ということになった死刑囚は、死刑が執行されないまま生き続ける死刑囚となるわけです。
日本の『確定死刑囚』の期間は長すぎると有名です。いったいなぜ?とさらに追い打ちをかけるように痛みを感じるように待たされ続ける選択肢しかありません。
「犯罪者のまま死刑にしても意味がない」「真人間にして気づかせてから死刑を執行する」という説明がされていますが、それが本当に正しいのかは誰にもわかりません。
日本の『確定死刑囚』の期間は長すぎると有名です。いったいなぜ?とさらに追い打ちをかけるように痛みを感じるように待たされ続ける選択肢しかありません。
「犯罪者のまま死刑にしても意味がない」「真人間にして気づかせてから死刑を執行する」という説明がされていますが、それが本当に正しいのかは誰にもわかりません。
被害者を考えれば当然という声
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日本では昔「仇討ち」という制度が認められていました。大切な人を無慈悲に殺されて、捕まりもせずに何の処分も受けずに生きている加害者に対して、遺族が自分の命をかけて加害者の命を奪いに行くなら認められるという制度でした。
しかし、もちろん現代の日本では認められていません。すべての判断を国に託すという選択肢しかないのですが、どういうわけか被害者に寄り添う対応はされません。大切な人を無慈悲に殺害されて、心身ともにボロボロになっていても、とにかく待つという選択肢しかないのです。
しかし、もちろん現代の日本では認められていません。すべての判断を国に託すという選択肢しかないのですが、どういうわけか被害者に寄り添う対応はされません。大切な人を無慈悲に殺害されて、心身ともにボロボロになっていても、とにかく待つという選択肢しかないのです。
支援団体が複数存在する
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コスモリサーチ事件での死刑囚『河村啓三』にも、2004年5月12日亡くなった『大道寺幸子』という女性が立ち上げた「死刑廃止のための大道寺幸子基金」という支援団体が付きました。
毎年6人に、再審請求のための補助金として10万円を渡し、毎年死刑囚の表現展としてあらゆる分野のオリジナルな表現作品を募集し、優秀作品を選定し、河村啓三の本「こんな僕でも生きてていいの」は第1回優秀作品賞を受賞しました。このように、日本には死刑囚を支援する団体も多数存在しています。
毎年6人に、再審請求のための補助金として10万円を渡し、毎年死刑囚の表現展としてあらゆる分野のオリジナルな表現作品を募集し、優秀作品を選定し、河村啓三の本「こんな僕でも生きてていいの」は第1回優秀作品賞を受賞しました。このように、日本には死刑囚を支援する団体も多数存在しています。
死刑制度の意味
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死刑制度とは、そもそもなぜ存在しているのでしょうか。ここでは死刑制度の意味について考えてみましょう。
加害者を罰するだけではない
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死刑制度は、加害者を罰するためだけにあるわけではありません。被害者の傷を癒すためにも存在しています。もちろん、犯人が死刑になっても、失った人が返ってくるわけでもなく、心の傷が癒えるわけでもありません。
それでも、死刑が執行された時に「やっと終わった」と感じる被害者遺族は多いと言われています。そのように、被害者遺族の一つの区切りとなるのが死刑判決の意義です。加害者に死の罰を与えることだけが事件の区切りではないのです。
それでも、死刑が執行された時に「やっと終わった」と感じる被害者遺族は多いと言われています。そのように、被害者遺族の一つの区切りとなるのが死刑判決の意義です。加害者に死の罰を与えることだけが事件の区切りではないのです。
負の連鎖・感情を断ち切らせるため
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死刑制度は、被害者遺族の心に区切りをつけて「負の連鎖・感情を断ち切らせるため」にも存在しています。加害者が死んでも何も変わりませんが、死刑によって区切りをつけることができるのです。
もし死刑制度がなく懲役刑のみなら、「出所したら自分の手で復讐したい」と思う被害者遺族が多く、さらなる悲しい事件を生んでしまうでしょう。そのような負の連鎖を断ち切るためにも死刑制度は一つの役割を担っていると言われています。
もし死刑制度がなく懲役刑のみなら、「出所したら自分の手で復讐したい」と思う被害者遺族が多く、さらなる悲しい事件を生んでしまうでしょう。そのような負の連鎖を断ち切るためにも死刑制度は一つの役割を担っていると言われています。
死刑制度には今後も賛否両論巻き起こるだろう
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死刑制度は、各国で盛んに議論されています。「命でしか償えない」と考える人もいれば「命がなくなれば償うこともできない」とする人もいます。また「生きていても後悔しない根っからの悪人もいる」と言う人もいるでしょう。
本当に死刑が正しいのかどうか、それは被害者遺族も含めて誰もわからないことかもしれません。だからこそ、今後も死刑制度に関しては賛否両論活発な意見が交換され続けるのではないでしょうか。
本当に死刑が正しいのかどうか、それは被害者遺族も含めて誰もわからないことかもしれません。だからこそ、今後も死刑制度に関しては賛否両論活発な意見が交換され続けるのではないでしょうか。
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