目次
遠藤誠一の父親は、室内装飾関係の会社役員を務めていました。母親は、世界救済教の信者でした。
宗教は身近な存在だった
遠藤誠一は、キリスト教系の幼稚園に通っていたこともあり、幼少期から宗教に触れる機会が多かったようです。
難聴を患っていた
遠藤誠一は、左耳の難聴を患っていました。
スポーツ好きで社交的な子ども
遠藤誠一の少年期は、野球・サッカー・スキーをするなどスポーツ好きで、社交的で活発な子どもでした。中学1年の時は、学級代表務めています。その一方で冗談好きでひょうきんな一面もありました。
獣医を目指す
少年時代から動物好きで、父親に熱心に説得して犬を飼っています。
高校2年生の時に愛犬が病気になり、獣医に治療してもらったことがきっかけで獣医を志します。自分が獣医になれば、飼い犬の病気を自分で診てやれると考え、犬猫専門の病院に勤めようと構想し、動物の病を治し生命を救うことに憧れを抱いていました。
高校2年生の時に愛犬が病気になり、獣医に治療してもらったことがきっかけで獣医を志します。自分が獣医になれば、飼い犬の病気を自分で診てやれると考え、犬猫専門の病院に勤めようと構想し、動物の病を治し生命を救うことに憧れを抱いていました。
帯広畜産大学に進学し感銘を受ける
こうして夢を叶えるべく帯広畜産大学畜産学部獣医学科に進学し、大学2年生の時に、分子生物学の講義を受け、「これこそが究極の学問ではないか」と感銘を受けます。
これを契機として遺伝子工学の勉強を独自に始め、遺伝子工学の研究室へと配属されます。
一方その頃、獣医は飼い主の依頼があれば犬猫を毒殺することもあると知り、獣医よりも研究者としての職に惹かれていきます。さらに、大学1年の頃に父親を肝臓癌で亡くしたこともあり、将来の目標を獣医から遺伝子工学の研究者に変えることを決心しています。
これを契機として遺伝子工学の勉強を独自に始め、遺伝子工学の研究室へと配属されます。
一方その頃、獣医は飼い主の依頼があれば犬猫を毒殺することもあると知り、獣医よりも研究者としての職に惹かれていきます。さらに、大学1年の頃に父親を肝臓癌で亡くしたこともあり、将来の目標を獣医から遺伝子工学の研究者に変えることを決心しています。
1986年獣医師の資格取得
1986年、同大学院畜産学研究科獣医学専攻修了と同時に獣医の資格を取得します。修士論文では、「各種のアデノウイルスDNAの牛腎臓株の核I因子の結合に関する研究」を書かれていました。
京都大学大学院医学研究科博士課程に進学
1986年、京都大学大学院医学研究博士課程に進学します。京大ウイルス研究所では、遺伝子工学・ウイルス学を専攻し、「成人T細胞白血病ウイルス」と「エイズウイルス」の遺伝子解析を行うなどしていました。
研究に没頭する中で魂や精神世界に興味を持ち始める
遠藤誠一は、遺伝子について研究していく中で「遺伝子とは生命の根本であるが、生命の本質ではない」という「生命の神秘」という疑問に突き当たり、魂の存在など精神世界に興味を抱き始めます。
遠藤誠一がオウム真理教に心酔した理由
皆さんは遠藤誠一の生い立ちについて理解できたとおもいます.。
では、ここからなぜ遠藤誠一はここまでオウム真理教へと心酔していったのか解説していきたいと思います。
では、ここからなぜ遠藤誠一はここまでオウム真理教へと心酔していったのか解説していきたいと思います。
1986年12月麻原彰晃が執筆した本に出会う
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