日ユ同祖論は信憑性あり?嘘ではないの?海外の反応も

日ユ同祖論とは日本人とユダヤ人の先祖が共通だとする考えです。実際、共通点は多く「君が代」をヘブライ語に訳すことができます。嘘だとする説に対する反論や信憑性の高い説、遺伝子の関係性をご紹介していきます。海外の反応も見ていきましょう。

目次

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日本語とヘブライ語には共通点が多く、ひらがなやカタカナとヘブライ文字には類似性が見られます。同様の意味を持つ単語もたくさんあり、日本語の「あっぱれ」はヘブライ語で「栄誉を誇る」という意味になります。

「あなた」はヘブライ語で「貴方」、「黙れ」はヘブライ語で「沈黙を守れ」、「こら」はヘブライ語で「自制せよ」、「ありがとう」はヘブライ語で「幸運です」をそれぞれ意味する言葉です。

さらにお祭りの音頭には日本語では意味がわからなくてもヘブライ語だとわかるものがあります。例えば伊勢音頭の「ヤートコセ・ヨーイヤナ」はヘブライ語で「ヤハウェは、投げた、敵を、ヤハウェは在る、憐れみ深く」となります。よさこい節の「サコイ」はヘブライ語で「懲らしめよ、蝦夷を」です。

日本人とユダヤ人の遺伝子の関係性

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日本人とユダヤ人には共通する文化や言語が多いですが遺伝子にも関係性が見られるとする説があります。日本人のDNAは周辺諸国のものとは異なる日本人の特融ものです。

その中にユダヤ人と共通する変異があり、関係性があるのではないかと言われています。しかし遺伝子では共通性が見られないとする意見も多く真実はわかっていません。

日本人の遺伝子について理解しユダヤ人と共通する「YAP」を知りましょう。遺伝的には異なるとする説が有力ですが共通点があることも事実です。

日本人にはY染色体のD系統が多い

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日本人にはY染色体のD系統が多いという特徴があります。チベットや東南アジアに多いD1やD3系統と違い日本人のほとんどがD2系統で、この系統は日本人にしか存在しません。

Y染色体は父系遺伝ですが中国人や韓国人ともDNAが大きく異なっています。現在Y染色体を持つ者が存在している地域はアフリカと地中海沿いの中東からイタリア南端にかけて、チベット、日本だけです。

日本と周辺諸国のDNAが異なるという結果から、日本人の先祖はどこか遠い国から来たのではないかと考えることができます。

近隣諸国にはY染色体のD系統が存在しない

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中国や韓国といった近隣諸国にはY染色体のD系統は存在しません。オセアニアと南アジアはK系統、東アジアはO系統でチベットや東南アジアがD系統ですが日本人とは違うD1とD3系統です。

なぜ日本人だけがY染色体のD2系統なのかはいまだに謎のままですが、最近の研究で日本列島に人類が入ってきたルートはシベリア経由で北海道に到達した系統、華北・朝鮮半島経由で来た系統、南方から海を渡って来た系統の3つだと判明しました。

日本人とユダヤ人に共通する「YAP」

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日本人には「YAP」という300塩基もの挿入部分を持つ特徴的な変異を持ちます。「YAP」はD、E系統のみに存在する変異でユダヤ人はE系統です。

イスラエル12支族のうちエフライム族とマナセ族はD系統で他の支族はE系統であることから日本人のユダヤ人には共通する「YAP」があることがわかります。

しかしDNAで判断すると日本人とユダヤ人は遺伝子的に異なるとする説の方が有力です。D系統とE系統は6万年以上前に分かれているので、DNAだけで見れば同じ先祖だと考えるのは困難だとされているのです。

日本に渡来した秦氏がユダヤ人だったとする説も

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日本に渡来した秦氏がユダヤ人だったとする説もあります。秦氏は大陸から10万人を引き連れて日本へ渡った人物で、平安京を造成するなど有力な一族でした。

秦氏の本拠地だった京都の八坂神社と古代ヘブライの信仰には類似している点が見られることからユダヤ人だったのではないかと推測されています。

末裔には羽田元首相がいるなど現在も由緒ある家柄が引き継がれている秦氏について詳しく見ていきましょう。

秦氏は283年に日本へ帰化した人物

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秦氏は283年に大陸から日本に渡来して帰化した人物で、景教を信仰するユダヤ人だったと言われています。景教とは唐代の中国におけるネストリウス派キリスト教の呼び名で、ヨーロッパでは5世紀の宗教会議で異端とされたものの中国へと伝わりました。

秦氏は平安京や仁徳天皇陵を作ったとされる有力な一族でした。渡来した際には10万人もの人が帰化したと伝えられて、多くは山城に住んでいました。

その後京都の太秦に定住するようになったとされています。

秦氏の本拠地と古代ヘブライの信仰の類似している点

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秦氏の本拠地にある八坂神社と古代ヘブライの信仰には類似している点があります。八坂神社や伊勢神宮周辺にある「蘇民将来」という護符にはダビデ王の紋章が出てきます。

また、八坂神社と似ている言葉に「ヤシャッシュカル」があり、アラム語で失われた10支族のイッサカル族の呼び名を表していることからも秦氏がユダヤ人だったのではないかと言われています。

秦氏は弓月の君と呼ばれていたとされ、渡来する前は景教徒の拠点であった中央アジアの弓月国に住んでいました。弓は英語でアーク、弓に矢を通した形状は三日月に似ていることから月と関係している何かを持っていたのではないかと推測されています。

羽田元首相は秦氏の末裔

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羽田元首相は秦氏の末裔で、1994年に第80代内閣総理大臣に就任した人物です。羽田元首相の曽祖父は羽田三郎で小県郡会議員、祖父は羽田貞義で師範学校長、父は羽田武嗣郎で衆議院議員であることから由緒正しき家柄にあることがわかります。

先祖は信濃秦氏で、元々は「秦」姓を名乗っていたことが家系図から明らかとなっています。つまり「羽田」とは秦の始皇帝から続く「秦」のことであり、その末裔こそが元首相である羽田孜氏でした。

信濃秦氏の始まりは聖徳太子の寵愛を受けた秦河勝が信濃国更級郡桑原郷を賜り、その子である秦広国たちが信濃国に移り住んだことにあるとされています。また、東儀秀樹氏の活躍で一躍有名になった樂家である東儀家も秦河勝の末裔だと言われています。

日ユ同祖論に対する海外の反応は賛否両論

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日ユ同祖論に対する海外の反応は賛否両論です。イスラエルでも日ユ同祖論を支持する声もあれば反論する声もあり、反応は人それぞれと言えます。

インターネットでは「ユダヤと日本は祭祀や宗教儀礼も似てる」という声や「キョウトの発展に大きな影響を与えた日本のハタ氏が、ユダヤにルーツを持つ人々じゃないかって議論はずっとある」という声があります。

他にも「何年か前に読んだ本にあった話なんだけど、エルサレム神殿の構造が日本の古い神社とそっくりらしい。こういう話は魅了される。」とあることから多くの関心を集めていることがわかります。

日ユ同祖論への批判内容

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