歴史を覆すギョベクリテペの謎!世界最古の文明の新発見!

ギョベクリテペの遺跡をご存知ですか。ギョベクリテペは、最古の遺跡と言われていますが、謎もとても多い遺跡であることでも有名です。宇宙人が関係しているのかという噂もある石像など、ギョベクリテペの遺跡の謎について解説していきます。

世界最古の神殿遺跡!ギョベクリテペ

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ギョベクリテペと呼ばれる世界古代の神殿遺跡をご存知ですか。このギョベクリテペの神殿には様々な謎が隠されています。

このギョベクリテペは、世界の様々な遺跡の常識を覆すような謎が隠されており、初めて発見されたときには、世界の研究者が驚きました。ギョベクリテペにはどのような謎が隠されているのか、そしてこのギョベクリテペにはさらに驚くべきことが隠されていたのです。

そのギョベクリテペの驚くべきこととは、歴史が大きく変わってしまうかもしれないほどの大発見だったのです。まだギョベクリテペを知らないという人でも、これからご説明する内容を確認すれば、きっとギョベクリテペの魅力に取りつかれてしまうでしょう。

ギョベクリテペについて

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ギョベクリテペはどこで発見されたのでしょうか。そして、ギョベクリテペはどの時代に作られたのでしょうか。

こうした謎を一つひとつ解き明かしていけば、ギョベクリテペについての謎が解けるかもしれません。また、ギョベクリテペが作られた時代についても解説していきます。

実はこのギョベクリテペが作られた時代こそが、ギョベクリテペが大注目される大きな理由になったのです。

ギョベクリテペの場所

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ギョベクリテペは、イラクとシリアの国境沿いで発見されました。ちょうど、トルコの東南にある位置になります。

もともとトルコはさまざまな遺跡が発見されてきた国として有名ですが、このトルコで発見さたギョベクリテペは、数あるトルコの遺跡の中でも群を抜いて驚くべき謎が隠されていたのです。もし、この地を訪れるようなことがあれば、必ずギョベクリテペを見ておくべきでしょう。

なかなかそうした機会はないかもしれませんが、とても貴重な遺跡であることは間違いありません。

遺跡の発見

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ギョベクリテペが発見されたのは、1996年頃です。この時代にギョベクリテペが発見され、すぐに調査が開始されました。

ギョベクリテペの遺跡の研究はドイツの考古学チームが担当、そのチームのリーダーはクラウス・シュミットでした。クラウス・シュミットは、1996年頃から亡くなる2014年まで研究や調査をすることになりました。

ここまで長期間、クラウス・シュミットが遺跡調査を行ってきたのは、この遺跡に謎が多すぎたからです。

ギョベクリテペが作られた時代

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そして、何よりこのクラウス・シュミットの謎が深まる理由となったのは、クラウス・シュミットが作られた時代なのです。実はこのクラウス・シュミットは、11,500年前に建てられたのです。

なぜこの時代に建てられたことに違和感があるのかと言えば、11,500年前は日本ではまだ縄文時代だからです。また、ピラミッドができるよりも7000年も早いのです。

今までの研究では、これほど古い時代にここまでの遺跡を作ることは不可能だと考えられていたのです。

メソポタミア文明より古い文明

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そして、驚くべきことにクラウス・シュミットはあのメソポタミア文明よりも古い文明が築かれていたのです。歴史的にとても古いとされているメソポタミア文明よりも古い遺跡を発見できたことはとても素晴らしいことだったのです。

そして、何より驚かされたのは、メソポタミア文明よりも7千年も古い文明だということです。この時代の差が分かったときには、驚くというよりもあきれるほどでした。

さらにメソポタミア文明よりも巨大な文明だったのです。メソポタミア文明はとても古い時代の文明でしたが、ギョベクリテペはさらにメソポタミア文明を上回るほど古い文明だったのです。

この事実を知った考古学チームは、正規の大発見だと感じたでしょう。

13年で発掘できたのはわずか5パーセント

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ギョベクリテペは、先ほどもご説明した通り、ドイツの考古学チームが発掘を行いましたが、なんと13年かけても全体の5パーセントほどしか発掘できなかったのです。それは、このギョベクリテペがとても巨大な遺跡だったことが一番にあります。

また、とても巨大な柱などがいつくもあり、なかなか発掘作業が思うように進まなかったということもあります。この時代では考えられないような巨大な建造物がいくつもあり、一つひとつ調査を進めていくのに膨大な時間がかかったのです。

ギョベクリテペの構造

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ギョベクリテペの構造はどうなっているのでしょうか。謎に満ちていたギョベクリテペですが、発掘が行われるにつれて、徐々にその構造などが分かってきました。

ギョベクリテペの構造について詳しく解説していきますので、ぜひ確認してみてください。ギョベクリテペの構造は、この時代では考えられないほど精密で、知的な構造だったのです。

台地

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まず、ギョベクリテペの台地はどのようになっていたのでしょうか。台地にはさまざまな物が発見されており、石材が生産されていたであろう、石切り場なども発見されています。

また、北側にはこのギョベクリテペの中で最も大きいとされている石柱も発見されています。ただ、ギョベクリテペは未完成のままになっている箇所も少なくはありません。

さらには貯水槽や牛の彫刻なども台地には残っていることが確認されているのです。貯水槽はどのような理由で必要だったのかは分かっていませんが、ギョベクリテペ自体が宮殿のような役割を担っていたと考えられていますので、宗教上の理由で貯水槽が必要だったのではないかと言われています。

第三層

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