2019年8月27日 更新

ポヴェリア島は世界一の心霊スポット?怖い噂やいわくつきの病院とは

イタリアのヴェネチア近くにあるポヴェリア島は世界一幽霊が出る島として、オカルト好きな人で知らない人はいないほど有名です。今回は、ポヴェリア島にある病院で起こった事件や噂を紹介し、心霊スポットとして知られるようになった歴史を解説します。

世界一の心霊スポット!ポヴェリア島

House Abandoned Night - Free photo on Pixabay (570964)

イタリアにあるポヴェリア島という島は、世界一幽霊が出る場所として地元の人々にも恐れられており、立ち入り禁止になっていて島に足を踏み入れることはできないのはもちろん、その島に近づいてくれる船を見つけることもできません。

この島が心霊スポットとして有名になったのには、様々な歴史や人々の目撃証言が関係しています。今回は、このポヴェリア島について詳しく紹介するとともに、世界の有名な心霊スポットについても紹介します。

イタリアのポヴェリア島

Florence Italy Duomo - Free photo on Pixabay (571226)

心霊スポットが好きな人にとってはイタリアのポヴェリア島は1度は訪れたいと願っている有名スポットのようです。しかし、実際にはイタリアが所持しており、立ち入り禁止にしているため訪れることはほとんど不可能です。

では、ポヴェリア島の地理について見ていきましょう。

ポヴェリア島の場所

World Europe Map - Free photo on Pixabay (571227)

ポヴェリア島は、水の都として有名な観光地であるベネチアのほど近くに浮かぶ無人島です。住所は「30100VeneziaVE」であることから、ベネチアからいかに近い場所にあるかが伺えるでしょう。

しかし、ポヴェリア島は近くて遠い島であり、島に行くには船で渡るしか手段がありませんが、立ち入り禁止のため定期船などは運行しておらず、近隣の住民は島に近づくこと自体を恐れているため、気軽に行くことはできません。

島の作り

Bled Island Slovenia - Free photo on Pixabay (571228)

ポヴェリア島は大きく分けて3つの島が存在します。「第一の島」には建物が建っており、かつて人が住んでいたことが伺えます。かつて使われていた船の倉庫や病院、教会、鐘楼、施設が建っています。

その第一の島と橋でつながっている「第二の島」には木々や野原が広がっており、長年人が手を加えていないために手付かずの自然が広がっています。

第一の島の南には「第三の島」としてレンガを積み上げて作られた要塞がありますが、橋などでつながっていないため直接のアクセスはありません。

ポヴェリア島の歴史

Trees Road Northern Ireland - Free photo on Pixabay (571230)

ポヴェリア島は最初から幽霊がよく出る島として恐れられていたわけではありません。最初は住民が生活を営む、ごく普通の小さな島でした。

この島の歴史は、かつて栄えたヴェネチア共和国に地理的に非常に近かったことから大きく影響を受けています。では、どのような歴史を経て、現在のような心霊スポットとして取り上げられるようになったのでしょうか。

ヴェネチア共和国のもとで発展

Canal Venice Italy - Free photo on Pixabay (571231)

421年にこの島にまとまった数の人が移り住んできて以来、9世紀ごろまでポヴェリア島は人々が住む普通の島でした。9世紀になるとヴェネチア共和国の支配下となり、順調に人口を増やしていました。

1つの地域として発展し、首長を主体とするグループが出来上がりました。しかし1379年にジェノヴァ共和国の艦隊から攻撃を受けたことでポヴェリア島に要塞を築いて敵の侵入を防ぐため、ポヴェリアの住民はジュデッカに移住させられ、無人島となりました。

商人のチェックポイントに

Merchant Pull Dealer Middle Ages - Free image on Pixabay (571233)

1776年にはポヴェリア島が公衆衛生局の管轄となり、船でヴェネチアに入国する全ての商人や商品はすべてこの島でチェックされることになりました。

ヴェネチアは各地から様々な人や商品が集まる場所であるため、それとともに重大な感染病であるペストなどが国内に入るのを防ぐ目的でチェックポイントをこの島に設けたのです。万が一菌が入り込んでも直前でヴェネチア共和国の中心地に侵入することを防げ、被害を最小に抑えられるためです。

無人島となり人気がなくなったこの島も、一気に毎日数千人が訪れる交通の要衝となりました。

隔離収容施設や軍病院

War Desert Guns - Free photo on Pixabay (571234)

1793年にヴェネチア共和国に入国しようとポヴェリア島にやって来た2隻の船から、数名のペスト患者が発見されました。これを受けてヴェネチア共和国はポヴェリア島を一時的に「ラッツァレット」と呼ばれる隔離収容施設として使用することを決めました。

1805年のナポレオン時代にはこの島が軍の病院として使われていたという歴史もあります。また、この時代には教会が取り壊され、シンボルである鐘楼は灯台として利用されていました。そしてその後もペストをはじめとする感染病患者を隔離するための施設として機能していました。

再び検疫所に

Medic Hospital Laboratory - Free photo on Pixabay (571235)

隔離収容施設や軍病院として使用された後は、再び検疫所として使用されるようになりました。その後、20世紀に入ってからは精神病院が建てられ、精神病を患っている人も隔離して治療するようになりました。

しかし、精神病の人に適切な治療がなされていたかどうかは疑問が残り、彼らに対しても非道人的な人体実験が行われ、それが原因で更に病状が重くなったり命を落としたりしたのではないかと見られています。

この島には感染病や精神病を患っている人が多かったことから、映画などの大衆作品に取り上げられています。いくつかの作品では刑務所が描かれていますが、この島に刑務所があった記録されておらず、検疫所や病院以外の隔離施設があったかどうかは明らかになっていません。

ポヴェリア島の精神病院

Hospital Bed Doctor - Free photo on Pixabay (571236)

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