2019年10月11日 更新

川崎国とは?川崎の事件の概要や川崎の治安・事件現場のその後

川崎国という言葉を知っていますか?川崎市中1男子生徒殺害事件と聞くとピンとくる人もいるかもしれません。今回は世間に衝撃を与えたこの事件現場の詳細や、その事件が発生した川崎市の治安、川崎国と呼ばれるようになった理由について紹介します。

目次

事件後、この場所には多くの花束が供えられていました。その量は遠くから見ても、事件現場が一目瞭然で分かるほどです。関係者だけではなく、被害者少年を知らない人がニュースを見て心を痛め訪れていることが、容易に想像できます。

供えられていたものは、花束だけではありませんでした。ジュースやお菓子の他に、ホッカイロなども供えられていたのが印象的です。寒さの中、命を落とした少年のことを思い供えられたのでしょう。

現在では供物などは整理され、この場所への献花などは控えて欲しいという看板が立てられています。

20時でも人通りは少ない

Park Bench Night The - Free photo on Pixabay (700810)

日中は河川敷でのんびり散歩をしていたり、遊んでいたりする様子が見受けられます。一見のどかにも見える光景ですが、昼と夜とでは雰囲気はガラリと変わるようです。

外灯も少ないため、日が暮れると辺り一面暗闇に包まれます。20時をまわる頃には、人通りもかなり少なくなっているようです。考えたくありませんが人目がつきにくいこの場所は、今でもさまざまなことが繰り広げられているのでしょうか?

事件現場ということもあり、地域住民は夜になると避けて通る場所となっているのかもしれません。

川崎市の治安

Gangster Cool Urban - Free photo on Pixabay (700814)

今までは事件の概要やイメージ上での、川崎市を紹介しました。そのイメージが本当に合っているのか、データ上でも見ていきましょう。

神奈川県内においての犯罪発生率、川崎市内だけでの犯罪発生率をそれぞれまとめてみました。このデータを見るだけでも、川崎市の区によって雰囲気が違うのも納得です。

川崎市に対してマイナスイメージしか抱いていない人や、今後このエリアに住む予定がある人もぜひ次の内容を参考にしてみてください。

神奈川県内で3位

Paper Business Document - Free photo on Pixabay (700822)

軽犯罪や交通事故を除いた刑法犯認知件数に基づいた、犯罪発生率データが存在します。このデータを神奈川県だけに絞って見てみると、川崎市川崎区は57地域中でなんと第3位という結果になりました。

1位は横浜市中区、2位は横浜市西区です。川崎市と聞いてイメージされる工業地帯や風俗店、ギャンブル場などはほとんどが川崎区に位置しています。

川崎区の犯罪発生率は約2.2%、次いで神奈川県内4位の犯罪発生率である大和市は1.6%。上位3地域が神奈川県内でも圧倒的に数値が高いのも気になるところです。

区によって住みやすさは違う

House Real Estate Building - Free photo on Pixabay (700826)

同じ川崎市内でも住みやすさは全然違います。7つの区から成り立っている川崎市ですが、それぞれが持つイメージも変わってくることでしょう。

中でも川崎市中原区にある武蔵小杉は、関東圏において住みたい町ランキングで上位にランクインすることも増えてきました。緑が多く少し高級感あるエリアというイメージが強い、新百合ヶ丘は川崎市麻生区です。

この地域を見る限りでも、イメージや住みやすさは千差万別と言えます。

川崎市7区の犯罪発生ランキング

Hacker Computer Spirit - Free image on Pixabay (700827)

川崎市は川崎区・幸区・中原区・高津区・宮前区・多摩区・麻生区の7つから成り立っています。川崎市内で最も犯罪発生率が高い川崎区は約2.2%、次いで多いのが中原区で約1.1%です。

1位と2位の間でも倍くらい発生率に差があります。川崎市の中でも最も発生率が低いのが、宮前区の0.4%とかなり差が開いています。

発生率順が高い方から並べると、川崎区→中原区→高津区→多摩区→幸区→麻生区→宮前区となります。色々な媒体でポジティブなイメージがついている地域も、実は川崎市だったりするのです。

川崎中1殺害事件の詳細

Questions Board Blackboard - Free photo on Pixabay (700828)

センセーショナルな事件として報道された、川崎市中1男子生徒殺害事件。この悲惨な事件はなぜ起きてしまったのか?被害者と加害者の少年たちを結びつけたきっかけな何だったのか?詳細を説明します。

この事件が世間からここまで注目されたのは、少年たちが事件を起こすまでの背景にありました。少年はなぜその事件現場に行くことになったのか、加害者少年の行動の流れなどをみていきましょう。

被害者少年も加害者に対して、恐怖感を抱き距離をおきたいと思っていたことが分かりました。

中1の少年が殺され死体遺棄された事件

Crime Criminal Murder - Free image on Pixabay (700831)

この事件は2015年2月に発生しました。中学1年制の男子生徒の遺体が、多摩川の河川敷で発見されたのです。着衣を身に着けておらず、遺体には首を中心とした切り傷がいくつも残っていました。

遺体発見現場の近くには、結束バンドがいくつも落ちていて手足を結ばれた状態で暴行を受けていたのではないかと言われています。後に、公判で語られた内容では首を切りつけた状態で、川を泳がせたとか。

あまりの残酷さに親族や関係者だけではなく、被害者少年を知らなかった人も加害者少年たちに対していかりを覚えた人も少なくないでしょう。

被害者少年は2014年に入学

Spring Cherry Blossoms Pink - Free photo on Pixabay (700834)

被害者となった少年は元々川崎市出身ではなく、2013年7月に島根県西ノ島町から引っ越してきました。両親が離婚し、兄弟5人共母親に引き取れられ、島根で暮らしていましたが母親の両親を頼るような形で、川崎市へ居住を移すしたと言います。

川崎市へ引っ越してきたのが、小学6年生の夏でした。2014年4月に中学校へ入学し、元々好きだったバスケットボール部へ入部したそうです。

被害者少年が加害者少年たちと知り合うようになったきっかけが、徐々に近づいてきていると思わざるを得ません。

2015年に友人に「殺されるかも」

Emotions Sorrow Emotional - Free photo on Pixabay (700837)

中学校に入学した被害者生徒はバスケットボール部へ入部しました。新生活のスタート、これから始まる未来ある出来事に胸をときめかせていたはずです。

しかし夏にはバスケ部に顔を出さなくなり、同年秋頃には加害者少年グループと関わりを持つようになりました。翌年2015年の1月には、グループ内でトラブルがあったのか別の友人に「殺されるかもしれない」と話していたそうです。

加害者少年が集まったグループLINEからも、抜けたいけれど抜けられないという悩みを打ち明けていました。

2月20日に殺害された

Knife Stabbing Stab - Free photo on Pixabay (700841)

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