2019年8月4日 更新

香田証生さんとは?イラクで殺害されてしまった事件の経緯

香田証生さんはイラク日本人青年殺害事件の被害者です。福岡県に家族5人で暮らしていましたが、旅行目的でイラクに入国した後に拉致されて遺体で発見されました。殺害されたのは自業自得だと言われている理由や事件がモデルである映画、相棒についてご紹介します。

目次

イラクで殺害された香田証生さんとは?

Syria Middle East Map - Free photo on Pixabay (533483)

2004年に殺害された香田証生さんは旅行目的でイラク入りした後、聖戦アルカーイダに拉致されました。香田さんの命と引き換えに自衛隊の撤退を求められましたが日本政府が拒否したため香田さんは殺害されています。

しかし治安が非常に悪く日本政府が入国を規制していたにもかかわらずイラク入りして事件に巻き込まれたことから自業自得だという声が多く聞かれました。

香田証生さんの経歴や拉致した過激派組織の行動、自業自得だとして批判を受ける理由、事件がモデルとなった相棒の映画について見ていきましょう。

香田証生さんの経歴

Literature Book Page - Free photo on Pixabay (533488)

香田証生さんは福岡県で家族5人暮らしをしていました。ワーキングホリデーでニュージーランドに滞在した後は世界を旅して過ごしています。

後にイラクに入国して過激派組織に拉致され人質となりました。しかし日本政府が自衛隊の撤退という要求を受け入れなかったため、首を切られて殺害されました。

香田さんの家族は無事に解放してほしいとテレビ越しに訴えましたが願いが叶うことはありませんでした。香田さんの経歴を詳しく見ていきましょう。

福岡県で家族5人暮らし

Architecture Family House Front - Free photo on Pixabay (533493)

福岡県直方市で父、母、祖父、妹の5人暮らしをしており高校は東海大第五高校でした。生活態度に問題はなく成績も良かったと言います。高校2年生の終わりに転出して通信制高校であるNHK学園に転入しました。

高校を卒業した後はフリーターとして働き、福祉施設で介護の仕事などをしたのち職業訓練を受けて塗装工の仕事をしていました。

その後は上京をしてアルバイトでお金を貯めながらバックパッカーとして旅をしています。香田さんの実家は熱心にキリスト教を信仰しており香田さん自身も十字架のタトゥーを入れていました。

ワーキングホリデーでニュージーランドに滞在

New Zealand Volcano Crater White - Free photo on Pixabay (533512)

2004年1月にワーキングホリデーでニュージーランドへ渡りました。ワーキングホリデーとは18~30歳の日本国民がワーキングホリデー協定を結んだ国に1~2年滞在することができ、働いたり旅行をしたりすることができるものです。

日本はニュージーランド、オーストラリア、カナダ、フランスなど23か国と協定を結んでいます。香田さんは12月に日本へ帰国する予定でニュージーランドへ行き、9月には日本にいる兄と連絡を取っています。

渡航した目的は語学を学ぶためでした。

ワーキングホリデー終了後は世界を旅する

Hands World Map - Free photo on Pixabay (533517)

2004年10月にワーキングホリデーを終えた後は日本へ帰国することなく世界を旅していました。旅をすることは誰にも伝えておらず、イラクで拉致された際にも家族は香田さんがイラクにいることを知らなかったほどです。

イスラエルから陸路でヨルダンへ向かう旅行ルートで、ヨルダンのアンマン地区にあるホテルに滞在しました。ヨルダンからイラクに入国することを考えていた香田さんは同じホテルに滞在していた映画監督の日本人にイラクのホテルを紹介してほしいと依頼しています。

イラクに入国後拉致される

Gang Dark Gloomy - Free photo on Pixabay (533524)

映画監督の日本人、四ノ宮浩さんは引き止めましたが忠告を振り切って10月20日にイラクへ入国し拉致されました。当時は2003年5月にイラク戦争が終結したものの過激派組織によるテロが頻発しており2004年4月には日本人が巻き込まれるテロ事件が発生していました。

日本はテロ対策のため自衛隊を派遣して物資の救援などを行っていました。イラクへの攻撃は行っていませんでしたが現地ではアメリカと同様に見なされていてたびたび自衛隊の撤退が求められていた経緯があります。

非常に治安が悪くイラクへの入国には規制がかかっていましたが忠告を聞き入れることはなくイラク入りをしてしまったのです。

人質となり解放されることなく殺害される

Detective Crime Scene Dagger - Free photo on Pixabay (533531)

10月27日にイラクの聖戦アルカーイダを名乗るグループが26日に日本人の青年を人質にしたとする犯行声明を出しました。要求は48時間以内に自衛隊を撤退させなければ青年を殺害するというものです。

人質となった青年こそが当時24歳だった香田証生さんでした。日本政府は香田さんの解放を求める一方、自衛隊の撤退については拒否しました。

日本は香田さんは軍人ではなく民間人であることを主張しましたが犯人は聞く耳を持たず交渉に進展はありませんでした。10月31日に香田さんは遺体となって発見されました。

香田証生さんを拉致した過激派組織の行動

Faust Violent Stop - Free photo on Pixabay (533538)

香田さんを拉致したのはイラクの聖戦アルカーイダという過激派組織です。人質と引き換えに自衛隊の撤退を求めましたが要求を拒否されたため香田さんを殺害し、殺害する様子をネットに配信して日本に衝撃を与えます。

事件に関与した6人のうち4人は逮捕されました。主犯格の人物はアメリカの空爆により死亡しています。香田証生さんを拉致した過激派組織の行動を具体的に見ていきましょう。

人質と引き換えに日本に対して自衛隊の撤退を求める

F-15E Strike Eagle - Free photo on Pixabay (533543)

10月27日の午前2時7分にイラク・アルカイダ機構がウェブサイトで日本人男性1人を人質にしたとするビデオ映像を配信しました。

内容は48時間以内に自衛隊を撤退させなければ人質を殺すとするもので、公開された動画の中で香田さんは犯人が自衛隊の撤退を求めていることや要求に応じない場合は首をはねられることを当時日本の首相であった小泉純一郎氏に呼びかけました。

香田さんは動画の中で「すみません」と言ってうつむき日本に帰りたいと話しています。

要求が拒否されたため香田証生さんを殺害して遺体を遺棄

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