2019年8月26日 更新

江戸時代の人はセックスに積極的!セックスの歴史や驚くべき風習

昔から存在しているセックスですが実は江戸時代には今では考えられないようなセックスの常識がありました。活気づいていた時代のセックスの常識やそれよりも昔のセックスについて知り、様々なセックス事情の違いをじっくり勉強してみませんか?

避妊具の代わりに和紙

Condom Vegan Sex - Free photo on Pixabay (581719)

江戸時代は何かと性に繋がることが多いようで、庶民の場合は特に避妊などはしていなかったようです。しかし遊女はそういう訳に行きません。

遊女は子供を産むことを許されていませんでしたので必ず避妊が必要だったのです。そこで使われていたのはなんとコンドーム・・・ではなく和紙だったのです。和紙の中でもより丈夫なものを使っていたようで、その和紙を口に入るサイズに丸め唾液をしみこませます。

十分にしみこんだらそれを自分の膣の中に入れます。現代で言い換えるとペッサリーのようなものです。勿論効果は薄く性病も防げません。

また外国から輸入されたコンドームのようなものもありましたが高価なうえにあまり役には立たず人気出ませんでした。結果ほおずきの根っ子などを食したりと危険な堕胎を試みる遊女も沢山いました。

江戸時代の風俗【湯女】

Japan Hot Springs Inn - Free photo on Pixabay (581750)

遊女はきいたことがありましたが湯女と言う言葉は耳にしたことがありませんでした。文字だけで見てみると現代におけるソープ嬢7のような存在の事なのかと思いますが、江戸時代にそのような施設が遊郭以外にあった記憶がありません。

では湯女は遊女と同じ存在なのでしょうか??

それとも全然違うものなのかと謎は一層深まります。いくら考えても答えが出ないのでサッサとその謎の答えを見に行きましょう。湯女と遊女の違いは一体何なのかを深堀していきます。

湯女とは?

Asia Woman Bath Washing - Free photo on Pixabay (581757)

湯女とはもともと性的なサービスをする仕事ではありませんでした。江戸時代の家はお風呂がなく、民衆は大衆銭湯に通っていました。

湯女というのはその銭湯の中で髪をすいたり垢を擦ることを仕事にしていた女性のことになります。

しかし助兵衛な客と金に目がくらんだ店主の目論見のせいかいつの間にか性的な事もするようになったそうです。また遊郭のように高額では無かったので瞬く間に人気が出てしまい幕府に注意されても中々辞めず名称まで変えて営業する始末だったのです。

時代が違えどエロを商売にする人の中には必ずこのような人達が存在するのは人間ならではのようです。

混浴が一般的

Nagano Monkey Onsen - Free photo on Pixabay (581769)

江戸時代の人は銭湯に通うのが当たり前だったのは先ほども書きましたが実はその銭湯とは混浴だったのです。というのも江戸時代の銭湯はどこも混浴が当たり前で男女を分けるという発想がありませんでした。

混浴で湯女がいて性的サービスをし始めるという事を頭で想像してみてください。もはや乱交パーティーのような事になってしまいませんか?!そうなって当たり前です。現代にそんな銭湯が存在したとしたら即摘発、即終了間違いなしです。

混浴文化にペリーが激怒!?

Sunset Sailing Boat - Free photo on Pixabay (582015)

ペリーと言えば学校の社会の時間に皆さん習った有名な外国人の一人です。江戸時代にはそのペリーさんが混浴の銭湯をみて驚愕し日本の民衆の乱れた文化に異を唱え幕府に注意しました。

このころはキリスト教の教えが日本にも伝わっていたことから道徳の観点から混浴は好ましくないといったそうです。その前から幕府は風俗は決められた所のみ許していて普通の銭湯では許していませんでした。

なのでペリーさんが起こるのも頷けます。ペリー来航とは今でも覚えている言葉ですがあのペリーさんが混浴を無くすことに一役買ったのは初めて知った人も多いのではずです。

日本のセックスの歴史

Evolution Twilight Caricature - Free photo on Pixabay (582371)

日本の歴史はおよそ10万年前からスタートしています。しかしその頃の人類は日本人の区分ではないようで、日本人の初まりはおよそ4万年前となっています。

それから旧石器時代・新石器時代・縄文時代と言う風に時が流れていきます。その先に有るものが今の私たちの時代です。しかしこの時代もいずれは遠い過去になります。

時代が流れるという事はそれに伴ってセックスの仕方も大きく変わるのではないのかと思い、今回日本のセックスの歴史について調べました。

縄文時代

Caveman Primeval Primitive - Free vector graphic on Pixabay (582558)

縄文時代時代はまだ人間が快楽を求めるという時代ではなくどちらかというとより野生に近い状態の頃で寿命も平均15歳という短さでした。

その為子孫を増やさなければいけないと本能で悟っていたようにセックスをしていました。そのセックスと完全に子孫を増やすことのみが目的でした。

また縄文時代には電気もなく夜は火を焚いていなければ明かりが無く自然動物に襲われる危険もあることからセックスは昼間に行われていました。

またセックスという行為を見られることが恥ずかしいという感情は無いので誰が居ようと関係ありませんでした。このような歴史のお陰で日本人は上手く増えることが出来たのです。

平安時代

Byōdō-In Buddhist Temple - Free photo on Pixabay (582565)

時は流れて次は平安時代です。平安時代はどちらかというとおっとりとしたイメージが強いのですがセックス事情はそうとも言い切れません。

平安時代は江戸時代の夜這い常識の先駆けになっていて夜這いは当たり前でした。ただし江戸時代とは違い女性は夜這いをして貰う為にセックスのテクニックを磨いていたそうです。

また身体の相性が良くないと結婚はしない時代だったので飽きられないようにと女性が努力をしていた時代です。

他にも様々なしきたりがあり、赤い服は着ない、キスはしないというように今では思いもつかないような厳しい決まりがありました。

戦国時代

Helmet The Warring States Period - Free photo on Pixabay (582591)

戦国時代はまさに男の時代と思われがちですがその裏に女の涙ありの時代でした。男は権力と武力を求めて戦い女はその後継ぎのため男の赤ちゃんを産まなければいけませんでした。

戦闘でいきった心を優しく受け入れるセックスが主流でしたが一般市民はそれどころではなく戦ついでに犯されるという事が頻繁に起きていました。

その為この時代の女性は少なからずセックスに対して恐怖があったようにも思えます。いつの時代も戦いの裏にはこのような性的被害が有ったのは日本だけではありません。

現代のセックス事情

People Woman Love Grown - Free photo on Pixabay (582615)

現代の日本人のセックス事情は深刻な状態です。最初にも書きましたが日本の夫婦のセックスの頻度は世界的に見ても低く、おおよそ10日に一回の割合になっています。

若者の中には絶食系とも言われる程に性欲が向かない人もいます。このような事になってしまったのには多くの理由が存在しますが一番大きな理由はセックスをしたいと思っていない人が多数存在するという事になります。

今の日本人はもっと夫婦でスキンシップを取りセックスをするべきなのではないでしょうか。

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