2020年2月3日 更新

愛犬家殺人事件とは?アフリカケンネルを経営した犯人達の生い立ちも

アフリカケンネルというペットショップを経営し、順風満帆に思えた夫婦。しかし、経営危機によって、とんでもない犯罪行為を行います。この記事では、愛犬家殺人事件と呼ばれた殺人事件の犯人と、等事件を題材にした冷たい熱帯魚の詳細についてご紹介していきましょう。

目次

1994年11月山崎永幸の妻を詐欺容疑で逮捕

Arms Arrest Crime - Free vector graphic on Pixabay (642579)

別件で逮捕された元自衛官の証言によって、愛犬家失踪事件に山崎永幸という人物が関与していることが発覚します。事件の突破口にするため、警察は山崎永幸に事情聴取を行いましたが、犯行を否定し、妻と共に行方をくらませました。警察は、事情聴取を再開させるため、山崎永幸とその妻の行方を探します。

行方を探し始めて約1か月後、病院に訪れた山崎永幸の妻を、別件の詐欺容疑で逮捕しました。妻の逮捕と、警察官の説得により、夫の山崎永幸も出頭します。

山崎永幸が出頭し愛犬家殺人事件を自供

Police Arrest Detention - Free photo on Pixabay (642584)

出頭当初、山崎永幸は事件への関与を否定していました。しかし、事情聴取が進むうち、埼玉県で発生した失踪事件が殺人事件である事、そしてそれらに自分が関与していることを自供し始めます。

等事件は、物的証拠が乏しかったことから、山崎永幸の自供や証言は非常に重要でした。山崎永幸の口から、関根元や風間博子の名前も飛び出し、具体的な犯行日時なども聞き出すことに成功します。

少しずつ、自身が関与した事件について証言を続けていた山崎永幸でしたが、山崎永幸が殺人事件を目撃していない件、つまり4人目の被害者に関する事件の立証は、非常に難しいものになりました。

1995年1月死体損壊・遺棄容疑で関根元及び風間博子逮捕

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1994年12月13日、山崎永幸の証言をもとに、捜査員が現場を捜査します。その中で、家出だと処理されていた会社役員男性の遺骨の一部や、遺留品を発見することができました。関根元や風間博子は、遺体を完全に消し去ることはできなかったのです。

物的証拠を手にした警察は、1995年1月関根元と風間博子を死体損壊及び遺棄容疑で逮捕します。逮捕されるまでの間、2人はメディアに積極的に出演し、自分たちの潔白を主張し続けていました。

関根元と風間博子はお互いに罪を擦り付け合う

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逮捕直後の1995年1~2月、埼玉県警察は大規模な捜索を開始します。他失踪者の、殺害の証拠を集めるためです。埼玉県だけではなく、群馬県までを含めた大規模な捜索を行い、他失踪者の歯や骨の一部、お守りや時計などの遺留品を発見しました。

こういった大規模な捜査により、4人の殺害容疑で関根元と風間博子を立件することに成功します。夫婦のような関係にあった関根元と風間博子は、殺人罪などの罪で開かれた法廷で、互いに罪を擦り付け合いました。

どちらも殺人行為について認めず、発見された遺体もわずかであり殺害方法も特定できなかったことから、裁判は一向に進みません。

検察と山崎永幸の間で密約が交わされる

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愛犬家殺人事件では、検察と山崎永幸の間で、密約が交わされたと言われています。物的証拠が乏しかったこと、加害者が否定し続けたことによって、事件の解明が難しいと考えた検察側は、事件のほとんどを目撃した山崎永幸に密約を提案したと言われているのです。

のちに開かれた裁判で、山崎永幸自身がこの密約について発言しています。山崎永幸が主張した密約内容は、「証拠を出せば山崎の主張を聞き入れること」「保釈を認める」などです。しかし、検察側は一貫してこの主張を否定し続けました。

この説については、真偽は定かではないと言われているものの、その後に下された山崎永幸への判決があまりに軽かったこと、妻と面会や情交が許されていたことなどから、信ぴょう性が高い説として知られています。

山崎永幸に懲役3年の実刑判決が下る

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遺体の運搬や殺害ほう助、遺体の解体と場所として自宅を提供するなど、山崎永幸の犯した罪は決して軽いものではありませんでした。

しかし、関根元に脅されていたこと、日常的に雑務要因として奴隷のように扱われていたこと、さらに事件解明へ協力的だったことなどが考慮され、山崎永幸には懲役3年の実刑判決が下されます。山崎永幸側は、執行猶予を希望していたため、即日控訴しました。

控訴したものの1996年6月7日、東京高裁に棄却され懲役刑が確定します。

関根元及び風間博子に死刑判決が下る

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お互いに罪を擦り付け合っていた関根元と風間博子にたいし、検察側は死刑判決を求刑しました。弁護側は、どちらも無期懲役を主張します。証拠品や山崎永幸の証言によって、自らの立場が不利だと感じた関根元は、裁判の途中から殺人を認める証言を始めました。

しかし、その内容も事実とはかけ離れたと言わざるを得ない内容です。等事件の主犯格は風間博子であり、殺人の実行犯は山崎永幸、自分は風間博子を守るために殺人行為に加担したという理解しがたい主張を行います。

死刑回避を狙った主張でしたが、裁判で下された判決は死刑でした。

関根元及び風間博子は判決を不服とし控訴

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死刑判決が下された関根元と風間博子は、即日控訴します。2003年12月に控訴審が開かれ、既に出所していた山崎永幸が証人として出廷しました。山崎永幸の出廷は、さらに裁判を混乱させます。山崎永幸は弁護士や検察の批判を繰り返し、事件に関しては曖昧な証言を続けました。

また、死刑判決が下っていた風間博子にたいして、無罪であると証言します。風間博子にたいして、無罪であると主張したものの具体的な根拠は示されず、控訴は2人とも棄却されました。

最高裁は上告を棄却し死刑が確定する

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東京高裁で控訴審が棄却された2人は、最高裁に上告しました。この上告が棄却されれば、どちらも死刑判決が確定することになります。2009年6月5日、最高裁は関根元及び風間博子の上告を棄却しました。

これによって、2人の死刑判決が確定となります。2019年時点で、風間博子は死刑が執行されていません。死刑判決直後から、度々再審請求を行っていますし、支援者も風間博子の無罪を主張し続けています。

再審請求を行っている最中であっても、死刑が執行された例は存在するため、風間博子はいつ死刑が執行されても不思議ではないでしょう。

愛犬家殺人事件のその後

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愛犬家殺人事件は、残忍な犯行手口、死体がないという点、そして加害者はメディアに積極的に出演した有名人ということから、メディアに多数取り上げられました。コメンテーターや専門家たちは、愛犬家殺人事件の動向や被害者の増加を予想し、様々な説も飛び交います。

しかし、その報道が一瞬にして減少し、その後の様子も報道されなくなりました。ここからは、愛犬家殺人事件のその後の様子と、一斉に報道が止んだ具体的な理由について、ご紹介していきましょう。

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