2019年9月28日 更新

石巻3人殺傷事件を起こした千葉祐太郎死刑囚の生い立ちとは

時代は令和に変わりましたが、平成の時代には、初めての平成生まれの死刑囚『千葉祐太郎』が誕生していました。彼はどのような母親に育てられ、どのような生い立ちだったのでしょう?南部沙耶とはいったい誰?娘がいるというのは本当でしょうか?そして彼の現在とは?

目次

ここまで「最初の平成生まれの死刑囚」千葉祐太郎についてご説明してきましたが、元々は生まれた時から身近にありすぎた暴力の「被害者」であったことがわかっています。

社会的にも身体的にも「暴力を振るわれることを受け入れるしか方法はない」と感じていた子供時代から、体が大人に変わり始めてくると「もう暴力を受け続けなくても良い」ことを「歪んだ形で」学習していきます。

2010年に18歳で事件を起こし、2016年に死刑判決が出される前、裁判が行われていた2014年に、自分の人生を絵を描いていました。

千葉祐太郎と母親の関係

Alkoghol Narkomaniia Paghubnaia - Free photo on Pixabay (658515)

「自分の子供を愛さない親はいない」と言われていますが、一概にそうとは言えないようです。特に「仕事も自分も順調で、もう子供のことしか愛せない興味がなくなった」という親以外は、気が付かないうちに何かしらの『虐待』『育児放棄(ネグレクト)』をしてしまっている場合が多いのです。

千葉祐太郎と母親は、誰がどう見ても「ただ恋愛して出産しただけの毒親」でしかありませんでした。親という意味などわかっていない、しかも「ダメ人間」に育児や教育などできるはずなどなかったのです。壮絶な虐待を当たり前のように繰り返していたのです。

食事を与えてもらえない

Boy Idea Sad Eyes - Free photo on Pixabay (658517)

昔の親は「言うことが聞けないなら食事は抜きね!」などと言って子どもを脅して言うことを聞かせることがありました。しかし、最近やたらニュースで報道される『虐待』は、私たちの想像をはるかに超えるものが多いのです。

幼い子どもは「食事を作ってくれないなら、自分でお金を稼いで外で食べてくるから、買い物に行って自炊するからいいよ」という選択はできません。食事をしないと待っているのは『死』ですが、自分たちは食事をするのに子どもには与えないという『毒親』がいるのです。

もちろん子どもは混乱しますが「受け入れる」という選択しかないのです。

犬用の首輪・リードをつけられる

Dog A Hybrid Lying - Free photo on Pixabay (658521)

千葉祐太郎と母親は「恋愛していないと生きていられない女性」「自立していないから養ってくれる男性が必要」というのが『基盤』になっている女性であったため、ここがグラグラの状態では『母』としての機能は0どころかマイナスでしかありませんでした。

自分の『基盤』を作る上で、自分の子供は『邪魔』でしかないのです。基盤が満たされた上で、暇つぶしとして『母』になれることはあっても『母』が自分の基盤になることがない女性でした。

自分探しや自分作りにのために忙しい『母』が外出する時には、千葉祐太郎は犬用の首輪やリードをつけられ、ドアにくくりつけられていました。

家に放置

Boy Child Toddler - Free photo on Pixabay (658530)

恋愛に生き、養ってくれる男性とロマンティックな日々を過ごすことを何よりも生きがいにしていた『女性』である千葉祐太郎の母親は、独身で子どもがいない女性と同じ様に男性とデートをして過ごしていました。

生まれてから、このような母親のもとで育ってきた幼い千葉祐太郎は「家に放置される恐怖」については、さんざん経験してきたでしょうが、生まれた時からこのような環境で育つ子どもは「当たり前なこと」と疑問に思うこともなかったでしょう。

疑問に思ったとしても「受け入れるしかない」という選択しかないのです。

千葉が母親に暴力を振るうようになる

Oppression Women Violence - Free photo on Pixabay (658533)

幼いときには社会的にも身体的にも「受け入れるしかない」という選択しかありませんが、大人になる過程で「受け入れなくても良い」「自分でなんとかできる」ということがわかり始めると『形勢』は逆転します。

今まで「大切に育ててくれて感謝している」と感じる子どもは「今度は自分が親を大切にする番」という思考に切り替わりますが、真逆の「散々虐待されて育児放棄されてひどい目にあった」と感じる子どもは「今度は自分が虐待をやり返す」という思考に切り替わります。

受け入れてきた分、暴力を奮ってもOKという「裏表の法則」が発動されます。

少年Bについて

Killer Horror Jimmy - Free photo on Pixabay (658534)

千葉祐太郎は、幼い頃に勝手に『親』だという社会的弱者に『暴力』によって支配され虐待されてきただけで「自分の人生を自分らしく素晴らしいものにするために生きていく」ということは全く教わりもしませんでした。

とにかく『暴力』というものが生きていくためのポイントで「自分が強くなって自分の愛するものを守る」のではなく「自分より弱いものを見つけて自分のために支配していく」というように思考がつくられていったあようです。

自分が生きていくためには、自分の言うことを聞く自分より弱いものを周りに必ず置いていたのです。その一人が少年Bでした。

千葉祐太郎の子分役だった

Boys Playing Friends Children - Free photo on Pixabay (658546)

事件の共犯とされた少年Bは、千葉祐太郎と同い年でしたが無職で、暴力を振るわれかなり酷い扱いを受け子分扱いされていました。千葉祐太郎に『石巻3人殺傷事件』の共犯として駆り出された際も「逃げたら殺す。家族がどうなってもいいのか」などと脅されていたと複数の関係者から証言されました。

千葉祐太郎から事件に協力させられる前に「この事件の罪を全て負うように」と命令され、牛刀を万引きさせられ、使い方を指示され、指紋をつけさせられ、返り血を浴びても自分に問題ないように少年Bの上着を着るなど、犯行前に様々な工作をされていました。

裁判では「千葉祐太郎と一緒にいた時が、人生で一番つらい時期だった」と証言しました。

犯行直前に犯行を拒む

Man Dark Gloomy - Free photo on Pixabay (658550)

千葉祐太郎に『暴力』で支配され、子分扱いを受けていた少年Bは、事件実行直前になり実行犯役を拒むと、千葉祐太郎は「俺がやる」と言い犯行を行いました。

しかし、千葉祐太郎は事件に少年Bに「この事件の罪を全て負うように」と命令し、自分が逮捕されても共犯に連れて行く少年Bが犯人にされるように様々な工作をしていたので、逮捕当初に「千葉祐太郎からの支配に解き放たれた」少年Bは素直に犯行を供述しましたが、千葉祐太郎は「俺は関係ない」と否認していました。

少年Bに科された判決

Judge Hammer Auction - Free photo on Pixabay (658551)

日頃の千葉祐太郎からの『暴力』による支配で、石巻3人殺傷事件の共犯にされた少年Bは、千葉祐太郎に脅迫されて共犯者にされたとはいえ「犯行から抜ける機会や殺害行為を止める機会は何度もあった」という理由で、刑事処分が相当であると判断され「殺人幇助」などの罪で起訴されました。

事件が起きた年の2010年12月17日、少年Bは、仙台地方裁判所から「懲役3年以上6年以下の不定期刑」という判決を言い渡され、弁護側からも検察側からも控訴されなかったため判決が確定しました。

事件の背景

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