2019年7月29日 更新

乳だしチョゴリが着られていた理由とは?海外の反応も

乳出しチョゴリは約60年前まで、男子を出産した女性にだけ着用が認められた韓国の伝統的な衣装でした。現代の韓国が否定する乳出しチョゴリは、かつて女性の誇りだったのです。女性が求めた理由と歴史に埋もれた理由や、現代のチョゴリとの違いと海外の反応をご紹介します。

チマチョゴリは今とは違う形だった?

人形 韓国 韓服 - Pixabayの無料写真 (514217)

韓国人女性の伝統的な民族衣装をチマチョゴリと言います。上半身に着るチョゴリと、巻きスカートのようなチマの2ピーススタイルです。

チョゴリの基本的な形は男女共に同じですが、女性用のチョゴリは丈が短く作られています。ウエストで着用する現代のスカートと違い、胸の下で着用する韓国のチマはシルエットが個性的です。

日本と同じように、韓国でも伝統的な民族衣装を着る機会は随分と減りました。おめでたい時やイベントで着用するとしても、伝統的なチマチョゴリを着用することはなく、現代風にアレンジされた韓服と呼ばれるスタイルのチマチョゴリを着用します。
韓国語 女の子 肖像画 - Pixabayの無料写真 (514576)

韓服のチマは、中世ヨーロッパのドレスやウェディングドレスのように膨らんでいるのが特徴です。また、材質にも違いが見られます。

庶民の伝統的なチマチョゴリの素材は白い綿ですが、韓服は色鮮やかなポリエステル製です。伝統的なチマチョゴリと現代の韓服の違いは明らかですが、伝統的なチマチョゴリにも立場による違いがありました。

条件を満たした女性だけに着用が認められた、乳出しチョゴリというスタイルもあったのです。

乳出しチョゴリの概要

韓国 衣装 ドレス - Pixabayの無料写真 (514220)

乳出しチョゴリという言葉で少年の心を取り戻せそうですが、乳出しチョゴリの背景には女性たちが背負っていた厳しい現実があったのです。乳出しチョゴリは、条件を満たした女性だけに認められた特権でした。

長男を出産することは、家や国家を維持できるかどうかというとても重要な問題だったのです。ですから、念願の長男が産まれると何よりも大切にされました。

長男がお腹をすかせて泣いた時、すぐに母乳を与えられるように乳出しチョゴリがあったのです。韓国の長男とは、それほど大切にされる存在でした。

韓国のチマチョゴリが変化したもの

韓服 伝統 人形 - Pixabayの無料写真 (514563)

乳出しチョゴリは伝統的なチョゴリが変化したものです。女性のチョゴリは男性のチョゴリよりも短いのですが、さらに短くして乳房を露出しているのが乳出しチョゴリです。

乳出しチョゴリは専用にデザインされていると言うよりも、伝統的なチョゴリの延長線上にあるももと言えます。寒さや怪我を防ぐために肌の露出は少ないほうがいいのですが、韓国ではもっと大切にされていることがありました。

そのために乳房を露出する乳出しチョゴリがあり、女性のステータスシンボルでもあったのです。乳出しチョゴリを着られるのは、その資格がある女性だけでした。

長男を産んだ女性が着ていた

従来の 衣類 赤ちゃん - Pixabayの無料写真 (514226)

乳出しチョゴリを着用する資格が得られたのは、長男を産んだ女性だけでした。ジェンダーフリーが叫ばれる現代では考えられませんが、現代の価値観で歴史を語るのも大きな間違いです。

当時は韓国に限らず、世界のどこでも覇権争いと後継者問題がありました。多くの場合、家を相続するのは男性だったからです。そのため、妻は長男を産むことが絶対的な条件でした。

妻が長男を産めない場合は、側女に産ませることもあったほどです。日本にも大奥があり、ヨーロッパも妻以外の女性に男児を産ませたケースが数多くあります。
母乳で育てる 新生児 赤ちゃん - Pixabayの無料写真 (514816)

長男がいない家は衰退していく運命でした。男系の国家では婿養子を取るよりも、長男が望ましかったのです。念願の長男が産まれると、何よりも大切にされました。

長男がお腹をすかせて泣いた時、すぐに母乳を与えられるように乳出しチョゴリがあったのです。韓国で長男とは、それほど大切にされる特別な存在でした

乳出しチョゴリは女性の誇り

韓国 肺バック - Pixabayの無料写真 (514229)

長男が産まれると、その家は安泰でした。長男を産んだ女性は責務を果たしたということです。家の将来に希望をもたらせた女性にとって、それは女性として、妻として、母として最高の誇りでした。

長男は家の将来を決める存在なので、健康に気を配り何よりも大切に育てられます。無事に長男を産んだ女性は、いつでもすぐ母乳を与えられるように乳出しチョゴリを着たのです。

女性にとって乳出しチョゴリを着ることは、家の将来に安泰をもたらせたというステータスシンボルであり最高の名誉でした。

女の子を出産した女性は着れない

ダンス 伝統 韓国 - Pixabayの無料写真 (514232)

女の子を出産した女性に、乳出しチョゴリを着る資格はありませんでした。当時の韓国人女性は、子どもを生む道具にすぎなかったからです。女の子は成長して子どもを産める年齢になると、外に嫁いでいきます。

女の子に求められたのは、子どもを産める健康な体であることだけでした。韓国に限らず、世界中で女の子は政略結婚の道具として扱われたのです。家督を継げない女の子に価値はありませんでした。

長男を出産しない女性に価値はなく、女性としての誇りを持つことすら認められなかったのです。

1950年代まで続いた

초가집 フォーク 伝統 - Pixabayの無料写真 (514247)

1910年から1945年の日韓併合時代に、「文明的ではない」として朝鮮総督府が乳出しチョゴリを禁止しました。しかし、長らく続いた風習は簡単に消え去りません。

女性のステータスシンボルであり誇りである乳出しチョゴリを捨てるには、勇気と決断も必要です。朝鮮総督府が禁止をしたにも関わらず、乳出しチョゴリの風習は1950年代に入っても続いていました。

1950年に勃発した朝鮮戦争当時に米軍兵が撮影した写真にも、乳出しチョゴリを着た女性の姿が写されています。

乳出しチョゴリは男尊女卑の象徴

韓国 民俗村 からの党 - Pixabayの無料写真 (514237)

子どもを産んだ女性が男児と女児の区別なく乳出しチョゴリを着ていたのなら、我が子に注ぐ母の深い愛情として美しく捉えられたでしょう。しかし、乳出しチョゴリは長男を産んだ女性だけの特権だったのです。

そこには儒教原理に牢固(ろうこ)たる基礎を持つ韓国の、男尊女卑という厳しい思想がありました。

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