目次
- 尻子玉の意味とは?
- 尻子玉の意味
- 水難事故対策の伝説?
- 尻子玉の由来や本当の正体は?
- 溺死者の見た目が由来
- 尻子玉を抜かれると腑抜けになる
- 河童の好物はキュウリと尻子玉
- 河童の起源
- 河童の大好物
- 河童に尻子玉を抜かれるとは?
- 泳いでいると河童が忍び寄ってきて抜かれる?
- 河童との相撲に負けたら抜かれる?
- 河童は尻子玉を抜いた後どうしてる?
- 好物なので食べる
- 龍王に捧げる
- 人気アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の猫娘が危機一髪!
- ゲゲゲの鬼太郎とは?
- 猫娘が河童に尻子玉を抜かれそうになる回
- 最後は河童が尻子玉を返却してハッピーエンド
- ファンの反応
- 河童は本当にいる?
- 河童の目撃談
- 河童のミイラ
- 川で泳ぐ際は尻子玉を抜かれないように注意!
そんな鬼太郎に河童の弟の次郎丸が尻子玉を返します。「100本のキュウリより兄ちゃんがくれた半分のキュウリの方が美味しかった」と河童の兄の太郎丸に話すシーンが感動的でした。
そして河童達も自分達は田舎で平和に暮らした方が良いと気づき、もとの里へと帰っていってハッピーエンド。ブラック企業の社長も田舎暮らしに目覚めましたが、妻と子からは見捨てられました。
そして河童達も自分達は田舎で平和に暮らした方が良いと気づき、もとの里へと帰っていってハッピーエンド。ブラック企業の社長も田舎暮らしに目覚めましたが、妻と子からは見捨てられました。
ファンの反応
via pixabay.com
ゲゲゲの鬼太郎「河童の働き方改革」の回はブラック企業への風刺もありましたが、ギャグ要素もたくさん詰まっていて面白く見応えのある回でした。ファンの反応は「猫娘の尻子玉抜きたい」「猫娘の尻子玉抜かれるの見たかった」「お尻抑える猫娘にキュウリ300本」などと猫娘に対しての書き込みがされていて、やはり猫娘が逃げ回るシーンに話題が集中していたようです。
河童は本当にいる?
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人間から尻子玉を抜きとる妖怪、伝説上の生き物とされている河童ですが、本当に空想上の生き物なのでしょうか。もしかしたら河童は本当にいるかもしれないと思わざるを得ない、河童の目撃談やそのミイラの話をみていきましょう。
河童の目撃談
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1937年、沖縄に住む男性が河童のような謎の生き物を目撃しています。数人の友人と泊まりにきていた別荘で、その男性は夜なのに窓の外が明るいこと気になって外に出てみました。川の方で誰かが走っているような水音が聞こえ、友人たちと様子を見に行くと、子どもほどの背丈の河童によく似た生き物が走り回っていたそうです。
また1985年、長崎県の対馬というところでも河童に似た生き物が目撃されています。その生き物はクルマに気がつくと川に逃げ込んでしまい、目撃した男性は警察に通報。現場検証までおこなわれ長さ13センチもある3本指の足跡が見つかったといいます。
足跡といえば1991年に宮崎県の西都市にある民家で同じく3本指の足跡がたくさん見つかっています。河童を見たという目撃談は他にもたくさんありますので 興味がある方はさらに調べてみると面白いです。
また1985年、長崎県の対馬というところでも河童に似た生き物が目撃されています。その生き物はクルマに気がつくと川に逃げ込んでしまい、目撃した男性は警察に通報。現場検証までおこなわれ長さ13センチもある3本指の足跡が見つかったといいます。
足跡といえば1991年に宮崎県の西都市にある民家で同じく3本指の足跡がたくさん見つかっています。河童を見たという目撃談は他にもたくさんありますので 興味がある方はさらに調べてみると面白いです。
河童のミイラ
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河童が実在した証拠としてあげられるのが河童のミイラです。有名なものをあげると、正徳6年(1716年)に佐賀県で創業した松浦一酒造が、昭和28(1953)年におこなった屋根の吹き替え工事中に梁の上にくくりつけられている「河伯」と書かれた箱を発見されました。箱を調べると中から河童のミイラが出てきたのです。
そのミイラは体長約70cm、頭頂部が皿のようにくぼんでいて、背中には甲羅のようにみえる16個の背骨が突出していました。足は前後4本で前足は指が5本なのに対し後足には指が3本しかありませんでした。指の間には水かきがついていました。前に紹介した目撃例で発見された足跡も3本指。これは単なる偶然なのでしょうか。
また、現在は一般公開されていませんが、大阪の瑞龍寺が所蔵している河童のミイラは「水神」と祀られていました。ミイラが収納されている箱には天和2年(1682年)と書かれています。体長は約70センチです。
そのミイラは体長約70cm、頭頂部が皿のようにくぼんでいて、背中には甲羅のようにみえる16個の背骨が突出していました。足は前後4本で前足は指が5本なのに対し後足には指が3本しかありませんでした。指の間には水かきがついていました。前に紹介した目撃例で発見された足跡も3本指。これは単なる偶然なのでしょうか。
また、現在は一般公開されていませんが、大阪の瑞龍寺が所蔵している河童のミイラは「水神」と祀られていました。ミイラが収納されている箱には天和2年(1682年)と書かれています。体長は約70センチです。
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他にも茨城県土浦市の佐野子町の公民館には河童の手のミイラが所蔵されていますし、福岡県の北野天満宮にも「河伯の手」と呼ばれる河童の手のミイラが保管されています。
この北野天満宮の河童の手は菅原道真が暗殺されそうになった時に彼を救おうとした河童の大将の手が切り落とされたものであるとか、道真の馬を河童が川へ引きずり込もうとし時に道真がその手を切り落としたのだともいわれています。
こうしたミイラはやはり河童が実際にいた証拠だと考えてしまいがちですが、そのほとんどは江戸時代にいたミイラ職人が作った工芸品なのです。江戸時代のミイラ職人は実際の動物の剥製を合成したり加工して様々な不思議な生き物を作り出していたといいます。
この北野天満宮の河童の手は菅原道真が暗殺されそうになった時に彼を救おうとした河童の大将の手が切り落とされたものであるとか、道真の馬を河童が川へ引きずり込もうとし時に道真がその手を切り落としたのだともいわれています。
こうしたミイラはやはり河童が実際にいた証拠だと考えてしまいがちですが、そのほとんどは江戸時代にいたミイラ職人が作った工芸品なのです。江戸時代のミイラ職人は実際の動物の剥製を合成したり加工して様々な不思議な生き物を作り出していたといいます。
川で泳ぐ際は尻子玉を抜かれないように注意!
via pixabay.com
大昔から人々の生活の中で恐れられつつも愛されてきた河童達。彼らは本当に存在するのでしょうか。いまだに河童を見たと信じている人もいれば、そんなものはいないと笑い飛ばしてしまう人もいます。
実在する証拠がないのは事実ですが、同時にそれを否定しきれる証拠がないというも事実。もしかしたら人間がまだ調べきれていないどこかの川穴で河童達が今もなお暮らし続けているかもしれません。川で泳ぐときは河童に尻子玉を抜かれないようにまわりに十分注意をしてください。
実在する証拠がないのは事実ですが、同時にそれを否定しきれる証拠がないというも事実。もしかしたら人間がまだ調べきれていないどこかの川穴で河童達が今もなお暮らし続けているかもしれません。川で泳ぐときは河童に尻子玉を抜かれないようにまわりに十分注意をしてください。
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