2019年8月27日 更新

花の82年組メンバーは輝きが違う?今も現役でいれる理由とは!

花の82年組といわれるアイドルメンバーは、今も枯れることなく咲き続け、現役で活躍されています。花の82年組みのメンバーは誰なのでしょうか?そして、どうして今でも現役でいられるのでしょうか?この記事では、メンバーの詳細や、現役でいられる理由を解せ悦していきます

新井薫子さんも、花の82年組のアイドルの一人です。しかし、1年ほどアイドルとして活躍してから病気になってしまい、芸能活動を休業していました。そして、自分の趣味である日本画や絵本を学び、1980年末には、イラストレーター、キャラクターのデザイナーとして活動するようになり、名前も「カオルコ・KAORUKO」として改名して活躍するようになりました。

また、音楽活動も、「中野薫子・KAORUCO」という名前で再開しています。

石川秀美

Sunset Poppy Backlight - Free photo on Pixabay (583897)

石川秀美さんも花の82年組のアイドルの一人です。1981年の夏に、西條秀樹さんの新人発掘コンテスト「HIDEKIの弟・妹、募集オーディション」で選ばれました。その後1982年に「妖精時代」でデビューしました。石川秀美さんは、1986年からロック系の音楽を出すようになりました。

当時人気のあった男性アイドルグループ「シブがき隊」の、薬丸祐英さんと結婚してから芸能活動を休止しています。アイドル同士の結婚ということで、世間ではとても大きな話題となりました。

早見優

Wild Flowers Plant - Free photo on Pixabay (583925)

早見優さんも、花の82年組のアイドルの一人です。14歳までグアムやハワイで育ち、14歳でスカウトされてアイドルデビューをしました。14歳までグアムやハワイで育った経験を生かして、英語堪能で才色兼備のアイドルとして注目されるようになりました。

デビュー曲は「急いで!初恋」という曲です。その後「夏色のナンシー」などが大ヒットしました。現在でもメディアにはよく出ており、ドラマ、映画、アニメ、舞台、ラジオ、CM、舞台でも活躍しています。

つちやかおり

Flower Field Flowers Colors - Free photo on Pixabay (583955)

うちやかおりさんも、花の82年組のアイドルの一人です。芸能界にはもっと早くから所属しており、1979年に「3年B組金八先生」でデビューしました。そして1982年に「恋と涙の17歳」という曲でアイドルデビューを果たしました。

1991年には、元シブがき隊の布川敏和さんと結婚して芸能界を引退しています。布川敏和さんとは、高校時代より交際していたとのことで、とても長いお付き合いをしています。事実上芸能界は引退していますが、夫婦でバラエティ番組に出演したりしていました。

しかし2014年に、不倫関係があると報道されてから、別居している事を公表し同年に協議離婚したことを公表しています。

伊藤さやか

Woman Question Mark Person - Free photo on Pixabay (583970)

伊藤さやかさんも、花の82年組のアイドルとしてデビューしていますが、本人は、ぶりっ子なアイドルになりたくないと拒否していました。もともとは、モデルとしてデビューして、資生堂のイメージガールとしてCMに出演したり、日本テレビの「陽あたり良好!」というドラマのヒロインで注目を集めていました。

ぶりっ子なアイドルではなくて、自称ロックンローラーとして、注目を集めた時もありますが、ロックというよりも、J-POP調で、ロックとはまた違った局調でした。

現在は女優・タレントとして芸能活動をしています。

花の82年組が今も現役の理由

Question Mark Why Problem - Free photo on Pixabay (583986)

それではここからは、花の82年組が今も現役の理由を紹介していきます。まずは、「自分のキャラクターを見出した」ということがとても大きな要因です。また、「業界の隙間に入り込んだ」「強烈な競争社会を生き抜いた」ともいえるでしょう。

今も現役でいられるのは、やはり美貌が衰えていないことや、アイドル時代の話がとても面白いという理由もありますし、花の82年組の仲が良いというのも理由に挙げることができます。

以下に一つ一つ詳しく解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

自分のキャラクターを見出した

Spring Bird Tit - Free photo on Pixabay (584088)

花の82年組のアイドルが今も現役でいられる理由として、「自分のキャラクターを見出した」という理由をあげることができます。まずは1980年に松田聖子さんを筆頭にアイドルブームが巻き起こりました。そして82年には一気に波に乗ろうと、たくさんのアイドルがデビューしていきます。

当時は松田聖子さんがトップでアイドル活動をしていたのですが、「赤いスイートピー」という歌が大ブレイクして歌手として活動を始めていきます。そして空いた「アイドル枠」に、たくさんのアイドルがデビューしていきました。

みなは松田聖子さんんを模範として「聖子ちゃんカット」と同じような髪型をしてぶりっ子をしていたのですが、結局生き残ったのは、独自のキャラクターを見出した人達だけです。小泉今日子さんは、聖子ちゃんカットをやめて、雑誌の表紙では全身黒塗りになって登場したり、石川秀美さんは太ももの美しさと足の速さを生かして芸能人運動会で活躍したり、三田寛子さんは天然ボケキャラクターを新しく生み出しました。

業界の隙間に入り込んだ

Butterfly Nature Insect - Free photo on Pixabay (584121)

花の82年組が現在も現役な理由として、「業界の隙間に上手に入り込んだ」という理由をあげることができます。1980年には、山口百恵さんが引退し、そのポストを狙うアイドルがいました。しかしあまり人気が出ずに、対照的なタイプである松田聖子さんが大ブレイクしたのです。

ぶりっ子キャラクターが大流行したので山口百恵さんのポストを得ようとする人は出てこなかったのですが、そこに中森明菜さんが、落ち着いた楽曲やツッパリ系の楽曲を交互に出す事により大ブレイクし、山口百恵さんの地位を獲得しました。

また、1970年にはアグネス・チャンという「輸入系アイドル」がブームになりましたが、その座は、14歳までグアム・ハワイで暮らしてきた「早見優」さんがその座を獲得しました。

強烈な競争社会を生き抜いた

Road Highway Asphalt - Free photo on Pixabay (584127)

このように、ただ82年にデビューしたからそれがヒットしたというわけではなく、強烈な競争社会を生き抜いたから、現在でも生き残って現役で活躍しているのです。当時はたくさんのアイドルがデビューして、みなと一緒では到底すぐに埋もれてしまうような時代です。

しかし、現在も活躍している現役の82年アイドルというのは、試行錯誤をして自分のキャラを確立して、隙間のポジションを取り、努力をして生き残ってきたのです。

美貌が衰えていない

Roses Bouquet Congratulations - Free photo on Pixabay (584130)

花の82年組が今も現役の理由として、「美貌が衰えていない」という理由をあげることができます。これも、もともとが美しいからという理由ではありません。デビューしてから40年ほど経っている現在も美しい美貌を保てるのには、影で相当な努力をしているからです。

気を抜いてしまえばすぐに老化してしまいます。美は1日にしてならずで、日々の努力が美貌を保つ秘訣であり、日々の努力があるからこそ、今も現役で活躍できるのです。

アイドル時代の話が面白い

Tulips Tulipa Flowers - Free photo on Pixabay (584131)

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