2019年9月9日 更新

山口連続殺人放火事件の原因は村八分?裁判判決とその後とは

山口県で起こった連続殺人放火事件をご存知でしょうか?この事件のきっかけは村八分といういじめや「夜這い」という風習が関係していると言われ、「自業自得」とも言われている事件です。今回は、事件のその後や犯人に下された判決、犯人の愛犬も含めて詳しくご紹介します。

目次

Woman Desperate Sad - Free photo on Pixabay (617230)

「集落の者も分かっているはずですが、誰も口には出さんでしょうけどね。あの集落はどこでも、後から来た者はみんなイジメられている。やっぱり保見さんは、親が亡くなったらさっさと集落を出るべきだった」と涙ながらに語ったと言います。

愛犬2匹のうち1匹が急死する

Dog Labrador Light Brown - Free photo on Pixabay (617231)

保見にはゴールデンレトリバーの「オリーブ」と雑種の中型犬で「ポパイ」という名前の2匹の愛犬がいました。山口連続殺人放火事件が起こり、保見の自宅の様子がテレビやネットで流れる度に、家から顔を覗かせるオリーブを心配する声が上がっており、結果的にオリーブは7月25日に保護されています。

しかし、穏やかな性格で落ち着いた様子で過ごしていたというオリーブでしたが、7月26日の午前中状態が急変して動物病院へ救急搬送され同日の9時6分に急死しています。

オリーブが亡くなった日時は、なんと保見が身柄を確保された日時とほとんど重なっていたと言いますので、オリーブは何かを感じ取っていたのかもしれません。ちなみに、もう一匹の愛犬ポパイは同市内の動物病院で保護され、病院側は「犬に罪はないため治療もかねて無期限で預かると」話しています。

保見光成の姉は身を隠す

Black Elderberry Elder Leaf - Free photo on Pixabay (617234)

保見光成は両親の介護に自分の半生を捧げ、独身であったため妻も子どももいませんでした。そのため、2匹の愛犬が我が子そのものと言っても過言ではありませんでしが、保見には兄と姉がいたようです。

保見の兄弟は「父親は歩けないことはなかったけれど心臓が悪くなっていた。母親も足が悪く、身体が思うようにままならない状態だった。誰かが介護しなければということで、光成が『じゃあ、自分が』と帰ってきてくれて、(両親の)面倒を見てくれることになった。」

「光成が面倒をみてくれたから、きょうだいはみんな働いたり、どこかに出かける事も出来たりしたんです。」と話していますが、山口連続殺人放火事件後姉は姿を見せず、身を隠しているのではないかと言われています。

村八分がきっかけの事件は他にも起きている

Killer Horror Jimmy - Free photo on Pixabay (617236)

村八分とは本来、集落の中で村の掟や秩序を守らない人に対して行われる制裁行為を意味するのだそうですが、その具体的な内容としては、一定の地域に居住する住民が一致団結して、制裁の対象者になる人と交際を断つことだったようです。

そこから転じて、村などの地域社会から特定の住民を排斥したり、いじめたりする行為を指すようになりました。実はこうした村八分という行為がきっかけで山口連続殺人放火事件以外にも複数の事件が起こっています。

また、村八分はそれを受けた人間の社会的生活を困難にするため、権利を侵害する違法な行為として慰謝料を含めた損害賠償請求の対象となった裁判の事例もあります。

津山事件

Gun Gangster Mafia - Free photo on Pixabay (617240)

山口連続殺人放火事件の犯人である保見は、「田舎の人は無神経で、都会の人は無関心です。私は都会に長く居すぎた」こう語っていましたが、同じように逃げ場のない村という閉鎖された空間とそこでの人間関係が引き金となった事件として、約80年以上前に発生した津山事件を思い浮かべることが出来ます。

津山事件とは1938年(昭和13年)5月21日未明に、現在の岡山県津山市加茂町行重の貝尾・坂元集落で起こった事件で、当時21歳の犯人都井睦雄が猟銃と日本刀などでわずか1時間半から2時間の間に30人以上の村人を殺傷し、28人が即死し5名が重軽傷を負いそのうち2人が亡くなったという大量殺人事件です。

犯人の都井睦雄は事件後猟銃自殺しており、犯行の動機として特定の村人に強い怨恨を抱いていたこと、結核により村八分にされたことが辛かったことなどが遺書に書かれています。都井睦雄は秀才で村の女性達からも人気があったそうですが、徴兵検査で結核と診断されたことを機に人生が転落しています。

月ヶ瀬村女子中学生殺人事件

Japan Nara Park - Free photo on Pixabay (617245)

山口連続殺人放火事件のように、被害者は複数ではありませんでしたが、奈良の月ケ瀬村で起こった女子中学生殺人事件も犯人の動機は村八分により積もりに積もった強い怨恨が原因と言われています。

1995年5月4日、奈良県添上郡月ケ瀬村に住む女子中学生が卓球大会からの帰りに行方不明になりました。警察と村人が捜索していると女子中学生の物と思われるスニーカーや血痕などが発見され、聞き込み調査の結果当時25歳の男丘崎誠人が犯人として浮上し、最初は犯行を否定していたものの殺害を認めました。

犯人の男は両親が在日朝鮮人で、集落の中で酷い差別を受けており子どもの頃からイジメられていたそうです。月ケ瀬村は村人たちの一致団結精神が強く、丘崎一家は村八分状態で鬱蒼とした森の中のトイレも無いようなネズミが走り回る物置小屋で生活していたそうです。
Depression Man Anger - Free photo on Pixabay (617247)

丘崎は事件当日、たまたま車で通りかかったところ女子中学生が目にとまり、親切心から車で家まで送ってやろうと思い声をかけたそうですが女子中学生から無視されたため、今まで受けてきた仕打ちに対する恨みが一気に爆発し、犯行に及んだと話しています。丘崎は無期懲役の判決を受け獄中で自殺しています。

静岡県上野村村八分事件

Elections Ballot Box Vote - Free photo on Pixabay (617249)

静岡県上野村村八分事件は、山口連続殺人放火事件とは異なり殺人は起こっていません。ですが村社会の抱える問題を映し出した事件ではあります。

静岡県富士郡上野村(現在の富士宮市)では、事件が起こった1952年以前からずっと選挙で組織的な替え玉投票が行われていました。しかし、選挙を管理する管理者はこれを黙認、村民も問題視していなかったと言います。そんな村の在り方に憤りを感じていた当時村の中学生だった石川皐月さんは、朝日新聞に替え玉投票の事実を告発しました。

この告発により不正が明らかとなったのですが、この出来事を境に村全体で告発者の石川さん一家に対する村八分が始まり人権侵害事件として大きく取り上げられました。上野村は全国から注目を浴びるようになっていきましたが、時間を経るごとに石川さん一家と村人たちの交流も回復していったそうです。

新潟県関川村村八分事件

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2004年、新潟県関川村ではお盆のイワナつかみ取り大会が開かれ、その際大会の準備と後片付けに関して村人同士の行き違いが起こりました。

一部の村人が「お盆の準備と片付けでゆっくり過ごせない」と不参加を申し出たのです。それに対して腹を立てた村の有力者が「従わなければ村八分にする」と言って、不参加を申し出た11戸の住民に山菜取りやごみ収集箱の使用を禁じました。

この村八分行為に対して、11戸の住民たちは同年の夏に新潟地裁に「村八分」の停止などを求めて提訴し、新潟地裁は有力者の村八分行為を不法行為と認めて禁止し、計220万円の損害賠償を命じています。

保見光成も近隣住民も傷は癒えていない

Despair Alone Being - Free photo on Pixabay (617258)

さて、ここまで山口連続殺人放火事件に関して、事件の概要と裁判で出た判決、犯人保見光成の経歴と保見が受けていたとされる嫌がらせ、事件のその後と、山口連続殺人事件のように村八分が原因で起こったとされる事件について見てきましたがいかがでしたか?

犯人の保見がしたことは決して許されることではありませんが、保見は事件を起こした金峰に戻るまで神奈川で働いていた頃は、ある程度の収入もあり周りからの評判も悪くはありませんでした。保見自身も言っていたように、都会暮らしに一度慣れてしまうと、村と言う特殊な環境の中で馴染んでいくのは難しいことだったのかもしれません。

いずれにせよ、被害者の家族や近隣住民、そして保見自身も癒えない傷を抱えていくことになってしまいました。保見は獄中である男の子から手紙をもらっています。そしてその男の子に対し「いじめられたら、逃げるんだよ」と伝えていたようです。自分も周りも傷つけてしまわないよう、時には逃げる勇気と決断が必要なのかもしれません。

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