目次
- マネーの虎とは?
- マネーの虎とは?
- マネーの虎の出資者と志願者
- マネーの虎の成功者たちのその後や現在
- キムチ販売のキム
- タクシー会社の辻康弘
- タイフードの岡田耕児
- ロコロールの辻直哉
- フランスロールの長谷部文康
- CDレーベルのDJ-UTO
- 高級家具の菊野慶吾
- ノーマネーからの成功者たちのその後や現在
- パンレストランの内村浩一
- ベトナムの歌手境恒春
- 司会者の大川祝続
- うどん屋の樋口
- あってり麺の小路五郎
- キックボクサーの兼子ただし
- 情報誌販売の小川智矢
- F1レーサーの下山征人
- 虎を越えた?マネーの虎の本当の成功者たち
- トルコ料理のメスット・シェネル
- パスタ屋の立花洋
- 元グラビアアイドルの揚田亜紀
- 抱き枕の増田学
- パソコン修理の黒澤文昭
- 音楽家の古坂和仁
- かつての成功者たちの現在は?
- 堀之内九一郎
- 小林敬
- 岩井良明
- 貞廣一鑑
- 川原ひろし
- 高橋がなり
- マネーの虎は個性的キャラの宝庫だった!
マネーの虎とは?
via pixabay.com
若い方はご存じでしょうか?わりと人気があったテレビ番組で、正式な題名は「¥マネーの虎」です。陸軍大将・山下奉文もしくは軍属・谷豊の渾名の「マレーの虎」をもじった番組名です。司会を俳優の吉田栄作が務め、虎と呼ばれる成功者=社長たちが、志願者の人柄や企画などを総合的に判断し、希望額を投資するかしないかというリアルなやり取りを放映していた番組です。
マネーの虎で投資金を得た人、ノーマネーで終わってしまった人、成功者である「虎」達がそれぞれ現在どのようになっているのか、気になるその後を追跡してみました。
マネーの虎で投資金を得た人、ノーマネーで終わってしまった人、成功者である「虎」達がそれぞれ現在どのようになっているのか、気になるその後を追跡してみました。
マネーの虎の社長と志願者のその後まとめ!かつての成功者の現在とは - POUCHS(ポーチス)
2000年代に大ヒットしたリアリティ番組「マネーの虎」当時日本中に大きな反響を与えました。今回はマネーの虎に出演を果たした、志願者達のその後を紹介して参ります。また社長としてあの席に座っていた「虎」たちの現在についても迫っていきます。
マネーの虎とは?
via pixabay.com
この番組の基本ルールは、志願者が自分がやりたい事業や夢に関するプレゼンテーションに対して、「マネーの虎」と呼ばれる大物起業家達が、自腹で現金を出資するかしないかの判断をするのです。
虎達の出資予定額の合計が、志願者の希望金額に到達すれば「マネー成立」となり、志願者は虎達からの出資金を獲得できるというシステムです。志願者たちの必死のプレゼンや虎たちとの交渉が面白いと話題になりました。みたことがない方は是非一度ご覧ください。
虎達の出資予定額の合計が、志願者の希望金額に到達すれば「マネー成立」となり、志願者は虎達からの出資金を獲得できるというシステムです。志願者たちの必死のプレゼンや虎たちとの交渉が面白いと話題になりました。みたことがない方は是非一度ご覧ください。
マネーの虎の出資者と志願者
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志願者は「虎」に出資額を出してもらうために必死でプレゼンをします。しかし、虎達の出資予定額の合計が志願者の希望金額に到達しなければ「マネー不成立」となり、志願者は虎達からの出資金を一切受け取れないのです。吉田栄作の「ノーマネーでフィニッシュです」という決め台詞も有名でした。たとえマネー成立後でも、後日プレゼンの中に嘘や偽りが発覚すると「ノーマネー」となってしまいます。
マネー成立の場合は、出資者の虎と相談して開業当日の利益目標に応じたノルマを設定します。利益がノルマに到達しなかった場合、特にペナルティーはありませんが、出資者の虎から厳しいお叱りを受けることもあります。
マネー成立の場合は、出資者の虎と相談して開業当日の利益目標に応じたノルマを設定します。利益がノルマに到達しなかった場合、特にペナルティーはありませんが、出資者の虎から厳しいお叱りを受けることもあります。
マネーの虎の成功者たちのその後や現在
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マネーの虎に出演し、見事に成功者となった志願者達は、現在どのような生活を送っているのでしょうか?
こちらでは「キムチ販売のキムさん」「タクシー会社の辻康弘さん」「タイフードの岡田耕児さん」「ロコロールの辻直哉さん」「フランスロールの長谷部文康さん」「CDレーベルのDJ-UTOさん」「高級家具の菊野慶吾さん」「パンレストランの内村浩一さん」に注目していきます。気になる成功者達のその後や現在の状況をみていきましょう。
こちらでは「キムチ販売のキムさん」「タクシー会社の辻康弘さん」「タイフードの岡田耕児さん」「ロコロールの辻直哉さん」「フランスロールの長谷部文康さん」「CDレーベルのDJ-UTOさん」「高級家具の菊野慶吾さん」「パンレストランの内村浩一さん」に注目していきます。気になる成功者達のその後や現在の状況をみていきましょう。
キムチ販売のキム
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志願者のキムさんは、自分で作ったキムチを移動販売したいということ「マネーの虎」に出演されました。岩井良明社長から360万の出資をしてもらい、高橋がなり社長から車を譲ってもらうことに成功しました。
その後「デリキムチ」という会社の代表として移動販売車でキムチなどを販売していました。キムチだけでなくプルコギ丼、カルビクッパのほか、チヂミなどの韓国料理も取り扱っているようです。さらに従業員は20名以上、目標が月商300万ということで、事業はうまくいっているようです。
その後「デリキムチ」という会社の代表として移動販売車でキムチなどを販売していました。キムチだけでなくプルコギ丼、カルビクッパのほか、チヂミなどの韓国料理も取り扱っているようです。さらに従業員は20名以上、目標が月商300万ということで、事業はうまくいっているようです。
タクシー会社の辻康弘
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辻康弘さんは当時、モンゴルでの交通手段は長距離の鉄道とトロリーバスしかなかったことに目をつけ、タクシー業をやろうと考えました。リース式のタクシー会社を設立したいということで、タクシー30台購入金額の1,752万円を投資してほしいという内容で番組に出演しました。
辻さんは当時モンゴルで日本人向けの観光会社を設立し経営していましたが、モンゴルには国産車がなく、韓国の中古車業から30台分の車を購入するとどうしても資金が足りないということでした。そして加藤社長と川原社長と高橋社長の3人からそれぞれ、600万円ずつ融資を受けました。
タクシー会社は月収100万円(モンゴルで約2,000万円の価値)を達成しかなり順調でしたが、2010年時点でタクシー文化がモンゴルに根付き始め、経営が厳しくなってしまいました。その結果タクシー業を事業売却してしまったようです。
辻さんは当時モンゴルで日本人向けの観光会社を設立し経営していましたが、モンゴルには国産車がなく、韓国の中古車業から30台分の車を購入するとどうしても資金が足りないということでした。そして加藤社長と川原社長と高橋社長の3人からそれぞれ、600万円ずつ融資を受けました。
タクシー会社は月収100万円(モンゴルで約2,000万円の価値)を達成しかなり順調でしたが、2010年時点でタクシー文化がモンゴルに根付き始め、経営が厳しくなってしまいました。その結果タクシー業を事業売却してしまったようです。
タイフードの岡田耕児
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岡田耕児さんは、大学生の夏休みに旅行にでかけたタイで食べた、チェンマイ料理にものすごく感動したことがきっかけで、日本でチェンマイ料理のお店を開いたらウケるのではないかと思いつきました。チェンマイ料理は観光でくる日本人のほとんどがおいしいと感動するそうで、虎達も美味しいと試食していました。
タイ北部で出会った郷土料理のカオソーイという麺料理のお店を起業をしたいということで、見事安田社長から全額の404万円の融資を受けました。そして、2003年6月南大沢でチェンマイ風屋台ラーメンの移動販売車「サワディーCar」を開店させます。この「サワディーCar」が大ヒットをし、毎日400食が完売、融資をたった3週間で返済してしまいます。
ところが屋台から店舗へとお店を大きくしたところ、オープンから1か月もたずに挫折、その後も場所を変えて「サワデイー家」として立ち上げるも1年で閉店してしまいました。店舗にしたのがいけなかったのでしょうか、残念です。
タイ北部で出会った郷土料理のカオソーイという麺料理のお店を起業をしたいということで、見事安田社長から全額の404万円の融資を受けました。そして、2003年6月南大沢でチェンマイ風屋台ラーメンの移動販売車「サワディーCar」を開店させます。この「サワディーCar」が大ヒットをし、毎日400食が完売、融資をたった3週間で返済してしまいます。
ところが屋台から店舗へとお店を大きくしたところ、オープンから1か月もたずに挫折、その後も場所を変えて「サワデイー家」として立ち上げるも1年で閉店してしまいました。店舗にしたのがいけなかったのでしょうか、残念です。
ロコロールの辻直哉
via pixabay.com
辻直哉さんは、ハワイの人気料理であるロコモコ丼を巻き寿司にして食べるという「ロコロール」というオリジナルの商品をプレゼンし、安田社長から500万円の投資を受けファーストフード化させることに成功しました。
さらに安田社長から物件やスタッフを紹介してもらい、原宿の竹下通りで1号店をオープンさせました。目標とする来客数500人、売り上げ25万円は、天気などのため目標に届かず、結果は来客人数420名、売り上げ15万円というスタートになりました。その後はテレビなどで取り上げられたこともあり、半年後には念願の渋谷店をオープンしました。
しかし店舗拡大が早すぎて赤字が回収できすに最終的には営業権を譲渡してしまいます。すこし天狗になってしまったという噂もありますが、実際のところはどうなのでしょうか。
さらに安田社長から物件やスタッフを紹介してもらい、原宿の竹下通りで1号店をオープンさせました。目標とする来客数500人、売り上げ25万円は、天気などのため目標に届かず、結果は来客人数420名、売り上げ15万円というスタートになりました。その後はテレビなどで取り上げられたこともあり、半年後には念願の渋谷店をオープンしました。
しかし店舗拡大が早すぎて赤字が回収できすに最終的には営業権を譲渡してしまいます。すこし天狗になってしまったという噂もありますが、実際のところはどうなのでしょうか。
フランスロールの長谷部文康
via pixabay.com
見た目はクレープのようですが、味・触感・材料などが全く違うオリジナルのケーキ「フランスロール」を考案した長谷部文康さんは、出演当時フランス製の移動車で販売し1日10万円を売り上げていたそうです。実店舗を出したくてマネーの虎に出演し、見事に南原社長と尾崎社長、岩井社長の3人から合計800万円もの投資を獲得されたました。
オープン初日は目標である1日の売り上げ15万円を突破し、わずか半年間で九州から仙台までにフランチャイズを10店舗まで拡大しました。長谷部文康さんは28歳で年商3億を売り上げる「虎」=成功者となったのです。その後もフランチャイズ店は100店舗を超え、自社ビルを建てたり、旅館を丸ごと買取り祖父母と一緒に住むなど夢のような生活をされています。
最高時のグループ年商は63億円とも言われ、テレビ出演や念願の高級スポーツカーの購入など生活ぶりはどんどん派手になっていったようです。利益のほとんどは女性につぎ込んでしまったそうでついにはお店も他人へ譲ってしまったそうです。その後もフランスロールの店舗自体は、2017年までに200店舗にまで増えたようです。
オープン初日は目標である1日の売り上げ15万円を突破し、わずか半年間で九州から仙台までにフランチャイズを10店舗まで拡大しました。長谷部文康さんは28歳で年商3億を売り上げる「虎」=成功者となったのです。その後もフランチャイズ店は100店舗を超え、自社ビルを建てたり、旅館を丸ごと買取り祖父母と一緒に住むなど夢のような生活をされています。
最高時のグループ年商は63億円とも言われ、テレビ出演や念願の高級スポーツカーの購入など生活ぶりはどんどん派手になっていったようです。利益のほとんどは女性につぎ込んでしまったそうでついにはお店も他人へ譲ってしまったそうです。その後もフランスロールの店舗自体は、2017年までに200店舗にまで増えたようです。
CDレーベルのDJ-UTO
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