2021年5月25日 更新

フリッツル事件の犯人の現在は?事件の動機と子供たちのその後も

最近ようやく毒親という言葉が知られるようになりましたが、今回紹介するフリッツル事件の犯人は父親です。しかしこの父親は、毒親を通り越してただの鬼畜な犯罪者と言えます。今回はフリッツル事件の全容と父親の動機、そして被害者である子供のその後と現在を紹介します。

目次

Clock Alarm Watch - Free photo on Pixabay (429414)

24年間という気の長くなるような時間を、エリーザベトと子供達は暗い地下室で過ごすことになりました。冒頭でも少し触れましたが、ネットでは発見された時のエリーザベトと言われる写真が存在します。

骨と皮だけになったミイラのような姿が本当であれば、彼女の栄養が足りていたとは思えません。しかし、発覚後の行動などを見るに、その写真は別人のものと言えます。

ただ1人で子供を7人も身ごもり、病院にも連れていってもらえないまま出産し、育児もしていのですから身体がボロボロだったことは間違いないのです。

フリッツル事件の動機は?

 (892990)

あまりにも凄惨な事件のため、フリッツル事件の動機について気になる人も多いでしょう。なぜヨーゼフは、実の娘であるエリーザベトに欲情し、地下に閉じ込めてしまうほどになったのでしょうか。動機が彼の歪んだ性衝動にあることは間違いありませんが、実はその性衝動がなぜ生まれたのかは解明されていません。

エリーザベトの監禁中の様子

Desperate Sad Depressed - Free photo on Pixabay (429451)

エリーザベトは監禁された時、相当な絶望を味わったでしょう。悪いことをして、押し入れや物置に閉じ込められる状況とは訳が違います。

まして、実の父親から歪んだ愛情を押し付けられる、近親相姦まで繰り返されるのですから、どんなに辛かったのかは想像も出来ません。唯一、幸せや希望を感じられるはずの自分の子供達も、父との間に出来た子ということは、自分の弟妹にも当たる訳です。

子供達に愛情を持っていたとしても、複雑な心境だったでしょう。ここでは、とても長い24年間という時間監禁されていた、エリーザベトの監禁中の様子を紹介します。

最初の数日間

Hand Blood Smeared - Free image on Pixabay (429479)

実の父親にある日突然地下室に閉じ込められてしまったエリーザベト。当然助けを求める為、最初の数日間は出来る限りの音や大声などを出して、誰かに気が付いて貰えるように行動しています。

何度も壁に体当たりして扉を開けようとしてみたり、地上の人に気が付いてもらおうと天井を叩き、引っ掻いたりしていました。あまりにやり過ぎた為、爪が剥がれ痛みに声を上げたとも言います。

爪が剥がれた場所からは血が流れだし、腕に流れ出ていても、その指で天井を引っ掻き続けていましたが、地上にいるはずの家族達にエリーザベトの必死の声や、存在を知らせる音は届きませんでした。

数日後からの様子

Woman Female Back - Free photo on Pixabay (431325)

数日は地下室から出る為に、自分の存在を知らしめようと必死に行動していたエリーザベトでしたが、誰も助けには来てくれませんでした。

その絶望から逃れようとしたのか、さすがに少し疲れたのか、彼女は妄想をして自分を慰めたのです。自分は今、山へ向かってハイキングしているのだと妄想を始め、狭い地下室内を歩いたりしました。

地下室には一応電気は付いていたようで、夜になったと設定しては電気を消したり、数時間経つと夜が明けたとして、電気を付けるなどして過ごしたのです。また、眠る時にはオーストリアの古い讃美歌を歌いながら、必死で心を落ち着かせていました。

生活や食事

Shopping Bag Market Vegetables - Free photo on Pixabay (431375)

閉じ込められてからは、父親のヨーゼフが平均して3日に1度の割合で、食事や日用品を持って地下室にやってきました。最初の頃は、何も無かった地下室は、10年程掛けて色々と改築されていきますが、当初はほとんど何も無かったでしょう。

子供が生まれてからは、テレビやラジオも設置されたので、多少の娯楽は出来たものの、父親は監禁を止めるつもりがありませんでした。

太陽に当たることも出来ず、狭い地下室の中で日に日に健康状態も悪くなっていきましたが、唯一の薬としてアスピリンのみを与えられていたようです。

暴力的な行為で怪我をすることも

Fear Woman Stop Violence Against - Free photo on Pixabay (431528)

監禁前からエリーザベトに対して、何かと平手打ちをするような父親です。地下室で抵抗する娘を犯そうとする時は、暴力的な行為で怪我をさせることもありました。

地下に監禁したという事実だけでも、とんでもない虐待ですが、暴力、性的虐待、そして妊娠しても病院に連れて行かないなど、虐待の限りを続けていたヨーゼフ・フリッツル。

地下室の増築や改築の時も、エリーザベトを逃がさないように、彼女の首に紐を付けて作業を手伝わせていたと言われています。

事件発覚の経緯

Police Crime Scene Blue Light - Free image on Pixabay (431569)

24年間も発見されなかったこの事件は、一体どのようにして発覚したのでしょうか?父親の異常さは先程から述べていますが、事件を追っていくとエリーザベトに対する愛情が、全く無かった訳では無いと見られる部分もあります。

そのようなヨーゼフ・フリッツルの行動から、この事件がようやく発見されることになるのですが、もっと早く改心してくれていればと悔やまれてなりません。では、24年後の地下室で何が起きたのかということを含めて、ここでは事件発覚の経緯を紹介していきます。

娘のケルスティンが病院へ

Ambulance Help Rescue - Free photo on Pixabay (431655)

事件が発覚する少し前の2008年(平成20年)4月19日(土)、ヨーゼフとエリーザベトの間に出来た長女が、突然意識を失いました。長女の名前は、ケルスティンやカースティンと表記されていますが、ここではケルスティンで統一します。

彼女は当時すでに19歳になっていました。母親であるエリーザベトが閉じ込められた時と同じような娘盛りです。のちに詳しくこの子供達の話も紹介していきますが、7人いた子供達のうち地下室に監禁され続けていた3人のうちの1人です。

エリーザベトは必死に娘を病院へ連れて行ってくれてと頼み込みました。この日はヨーゼフ・フリッツルの妻、ロゼマリアが旅行中で留守だったこともあるのか、ヨーゼフはその願いを許したのです。ケルスティンをエリーザベトと外に運び出し、救急車を呼んでケルスティンは病院へ運ばれていきました。エリーザベトはこの時24年ぶりに外の空気を吸う事が出来ましたが、すぐにまた地下室に閉じ込められてしまうのです。

ケルスティンの状態

Hospital Bed Doctor - Free photo on Pixabay (431734)

運ばれてきたケルスティンは、意識不明のままでした。検査の結果、まだ19歳という若さで歯が全て抜け落ちており、多臓器不全や腎不全と診断されたのです。

多臓器不能と併発して腎不全が発症した場合の死亡率は、約50%とも言われており、ケルスティンは重体の状態でした。送り出したエリーザベトは、どんなにか不安だったでしょう。

その他にもケルスティンの診断をしている内に、不審な点が多く見られたため、医者も何かおかしいと感じていたのです。

病院スタッフが警察に通報

2 / 8

関連する記事 こんな記事も人気です♪