男性専用車両はなぜできない?性別専用車両の成り立ちと問題点とは

女性専用車両は存在していますが何故男性専用車両は無いのでしょうか。女性専用車両にはなぜか反対意見があります。女性のように署名を集めることで男性専用車両は実現出来るのか、また性別専用車両にすることでどのようなデメリットがあるのかも同時に見ていきたいと思います。

目次

男性専用車両はなぜ導入されないのか

People Man Bag - Free photo on Pixabay (453557)

今の世の中何かと男女平等が叫ばれていますが、実は男性優遇の陰に潜む女性優遇があるとされています。いまだ男女差別の線引きが難しいとは思いますが、そんな中今回は電車に視点を置いて見ました。

女性専用車両は今当たり前のように存在していますが不思議な事に男性専用車両は存在しません。痴漢問題や痴漢冤罪などもあるので単純に考えるならば男女分けることが男女共に犯罪防止になるように思えます。

しかしそのようにならないのはなぜか、またそうすることでどのようなデメリットが発生するのかを細かく見ていきたいと思います。

性別専用車両の成り立ち

Restroom Public Rest Room - Free vector graphic on Pixabay (453580)

ではまず初めに女性専用車両のもととなる性別専用車両が出来たのかを学びたいと思います。皆さんは気が付けば女性専用車両があったように感じませんか?

一体いつの間に出来たのか思い出すことも困難です。しかしそう昔ではなかったように思います。そう思っている人はもしかすると驚くかもしれませんが、実はもっと昔からこのような問題はあったそうです。

ではこの日本と言う国は一体いつから性別専用車両についての問題を抱えていたのでしょうか。このような問題の歴史を順を追ってみていきたいと思います。

男性と女性の車両を分けるべきという声が上がる

Adult Announcement Communication - Free photo on Pixabay (453619)

むかし日本と言う国は紛れもなく男性社会でありました。男性はお国のために働いているという事もあり、今のように男女平等などはあり得ませんでした。

また日本人ははしたないと思われることを特に嫌っていました。男女が同じ空間で密着してしまう電車においてもそのような考えがあり、1900年代に入って間もなく男性と女性を違う車両に乗せるべきだという声が上がったそうです。

確かに日本人は男性はこうあるべき、女性はこうあるべきと言う考えが強かったのでこのような意見が出ることも納得できます。そしてこのような意見が出て来た事によって日本の性別専用車両の開発が始まるきっかけになったようです。

1912年「夫人専用電車」が登場する

Cologne Main Station Train - Free photo on Pixabay (453710)

まず初めに登場した性別専用車両はなんと1912年の事でした。声を上げ始めてからいかに急いで開発したのかという事が垣間見えます。

1912年の1月の末日に「夫人専用電車」の運行が始まりました。場所は当時の東京府の中央線にあり、朝と夕方の人がとても多く乗る時間限定だったそうです。

多くの国民が男性と女性が同じ車両を使うべきではないと声をあげたことによって生まれたこの電車はなぜか短期間で廃止されてしまったそうです。

せっかく国民の望みが叶ったのに一体どうして廃止になったのか・・・。やはりどれだけの人が使うかという事は未知数になりどちらかが偏ってしまった結果だったのかもしれません。

1947年再導入

Rail S Bahn Train - Free photo on Pixabay (453782)

始めに運行された1912年から戦争を終えて1947年の5月再び中央線に性別専用車両が「夫人子供専用車」と名を変えて戻ってきました。

この車両は当時の乗車率が300%とという驚異の数字に表れるほど過密な状態であった為その人の波から女性や子供を守ろうと導入されたものでした。

また同じように京浜東北線でも同様の車両が導入されましたが、これは短期間で廃止になってしまったそうです。

何故同じように廃止の道をたどってしまったのか、この問題こそがもしかすると現代に当てはまる問題なのかもしれません。中央線の車両は名前を変えて生き残りましたが現代までは続かなかったようです。

1973年「老幼専用車」が登場

Hands Old Age - Free photo on Pixabay (453832)

続いて登場したのは少し路線を変えた「老幼専用車」でした。この電車は1973年当時の敬老の日に合わせて導入されたようです。

いわゆるシルバーシートの始まりです。このシルバーシートがいまの優先席に姿を変えて継続されています。

少しわかったのはニーズにはこれと言った決まりがなく、人や時代によって変わるのでその波を一時期的につかむだけでは意味がなく、続けることが困難になるという事です。

なので開発する人達にもこの部分が大きな課題となったはずです。またその課題は現代でもクリアされていないのかもしれません。

1988年地下鉄御堂筋事件をきっかけに女性専用車両が再検討に

Fear Panic Horror - Free image on Pixabay (457872)

1988年に起きた地下鉄御堂筋事件は2人の男性から痴漢をされていた被害者を助けた女性がよりもっと残酷な手段で報復されてしまうという女性からすると身近に起きうる事件でした。

被害者を助けた女性は前に自分も同じ人から痴漢をされた経験があり、自分を重ねて助けに入ったのかもしれません。

そして被害者を逃がした後に待っていたのは痴漢2組からの恐ろしい報復で、首を掴まれ工事現場まで連れ去られたのち殴られノコギリなどで脅され強姦されるという事件でした。

この恐ろしい事件がキッカケで女性は立ち上がり、様々な取り組みをするようになりました。その中の一つには女性専用車両導入を再び考えさせられる一つの要因となりました。

2000年痴漢行為が社会問題化

Sector Fingers Anger - Free photo on Pixabay (459627)

2000年に入るとどんどん痴漢が増えました。そのほとんどが電車の車内で行われるというものでその数の多さから社会問題化されるようになりました。

地下鉄御堂筋事件もあったのに、社会をあげて問題視されるのが遅い位のイメージがありますが、ようやく声をあげた効果が出始めたようです。

しかし、痴漢問題は被害者の女性が泣き寝入りしてしまうケースもよくあります。

またあの事件のように自分も報復されてしまったらと言う不安も0にはなりません。そのような背景もあり加害者には刑罰のみならず、社会的制裁も見られるようになりました。

2004年女性専用車両希望の署名運動が功を奏す

Tram Train Old - Free photo on Pixabay (459649)

2004年には様々な痴漢の被害から長年署名活動をして来た女性の熱意が伝わり関西地方が特に進んで女性専用車両の導入を始めました。

しかしながら、関西とは乗車率や条件が違うという理由から中々決断できないといった企業もあったのも事実です。

それでも女性の立場を尊重しなければ、または女性を守らなければいけないという行政の考えから2005年には警視庁が導入の要請を行いました。

その結果女性や行政、鉄道会社の協力が功を成し、より大きな規模になって再び女性専用車両が導入されるようになりました。

痴漢冤罪や性差別から男性専用車両の声が上がる

Guy Man People - Free photo on Pixabay (459653)

1 / 4

関連する記事 こんな記事も人気です♪